第7話 判決の内容

 衆合地獄から戻ると閻魔庁にある執務室に入る。ここは俺のこと閻魔大王だけが入れる部屋でもある。衆人も一般の獄卒も俺の許可なしには入ることを許されない。

 のだが、俺の留守の間に編み笠を被った老人の獄卒が入り込んでいた。


「おうおう、閻魔大王様。お耳に入りましたぜ。罪人の娘を嫁にするとはなんと傾奇かぶいたことよ」

「どこから入ってきた」

「当然。正面からよ」


 舟鬼ふなきは悪びれもなく床に胡坐をかいて大仰にのけぞった。この舟鬼、今は船頭であるのだが、前の閻魔大王という身分があるため執務室に自由に出入りできるのだ。前閻魔大王だから大人しく隠居してほしいのだが、隠居しようにも寿命がなくやることもないから、衆人の話を聞きながら船頭の仕事をしているという。とはいえ、執務室に無断で侵入する言い訳にもならないが。


「また無断で衆人の記録簿を盗み見したな」

「口外に漏らしてないのなら問題あるまいよ」


 時折船で送った衆人の中で興味を持った衆人の過去を、前閻魔大王の身分を職権乱用して資料室から盗み見ている。衆人の内容を覗き見るのは御法度であるが、何度注意しても繰り返し犯行に及ぶ。そろそろ閻魔大王に関する法律も制定しないと危険だ。


「で、今はどうしているその娘は。お主のそばにおらなんだが」

「衆合地獄にいる」

「おんやぁ? あの娘は未通女ではあったはずだが」

「されるほうではない、する方だ」

「なんとぉ。衆人が衆人を拷問するとはなんとも愉快愉快」


 カタカタと薄皮と皺だらけの顔が大仰に開いて笑い始める。


「本人が希望してやってみたが、なかなか腕が立つという。追認になったが、正式に脱獄した衆人対策の地獄の番人として任せることにした。後で格式のある名称に変えなければ」

「ぬっふっふっふ。あの男の遺言として承諾したにしては、今は生き生きとしているな。妻帯者としての余裕か」

「俺は何一つ変わっておらぬ」

「どうかな。お主にも鏡に映ればわかるだろうに。客観で見れば」


 だから苦手なんだこの老人は。いつも見透かしたような言葉を紡いではからかう。篁がいた時は、この老害のようにウロウロ徘徊もせず、決まり事にも外れずよき獄卒として働いてくれた。此岸に度々戻っては働いてくれたが、最後に来たのが俺の前で判決を受けるというなんとも皮肉めいたものだった。奴も人の子、死期が来たのだ。

 ある罪により、地獄逝きは確定していたのだが、俺の口利きで俺専属の獄卒として導いてやろうとした。しかし生真面目一直線の奴はそれを断った。奴らしいというか。

 その代わりに娘がこちらに近く来ると遺言状を俺に渡して、獄卒たちに連れていかれた。


「娘は獄卒と共に拷問に従事しているが、嫌がっているだろうか」

「あの男の娘、否はとこだぞ。生真面目に拷問に従事しているぞ」

「そういえば、あの男も時々衆人に殴ったりしたなぁ。お主の判決に不服を申し出そうな反骨の者が、思った通り不服申し立てをしたらかむり目がけて殴り飛ばしたな。拳で」

「あいつは鉄棒だったが、箇所は同じだったぞ」

「かっかっか。奴には息子がいると答えていたが、その娘が一番そっくりではないか」


 舟鬼の笑いの沸点が頂点に達したようで、腹を抱えて転げまわった。その時、舟鬼の服の間から一冊の本がずるりと落ちた。それは衆人の罪の記録簿だ。たしかあれは道子の記録が含まれていたはず。


「おい、これはなんだ」

「拾った」

「嘘つきは俺が直々に舌を引き抜く刑だぞ」

「床に落ちたものを拾ったのは偽りないぞ」

「どこで拾ったものだと聞いている。資料室だろ」


 舟鬼はふーふーと口笛を吹くが、音が鳴っていない。

 やはりこの男は出禁にした方がよいかもしれんな。


「で、彼の娘の判決なのですがなぁ。死因は井戸に突き落とされてのであろうに。他殺の死人は極楽逝きの免責特権を発布されるでしょうに」


 『小野道子 死因:溺死。井戸に突き落とされてのもの』

 記録簿には道子の死因が記載されている。鏡で道子が死ぬ直前の様子が映し出されていたから間違いはない。


「情愛ではないだろうに。やはり篁の遺言が優先されたのか」

「……試してみたかった。道子は自らの死因が事故だと疑ってないが、真の死因を聞けば、獄卒として働く道子がその者に何を下すのか」

「それは真実か」

「お前に応える義理はない。とにかく時が来るのを待つだけだ。此岸の人間の命は短し。彼岸の人間の命は長し。すでに道子を殺した衆人が落ちているはずだ。はてどの者だったかな。裁くのに必死で忘れてしまった」


 舟鬼が持ち出した記録簿を資料室に返しに、執務室から出る。ついでにいつまでも居座り続けている舟鬼も追い出して。

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私が閻魔大王様に愛されるわけは、拷問の腕ですか? チクチクネズミ @tikutikumouse

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