第55話

 ──神獣眼。

 五大元素の始祖と云われる。


 火、水、風、地、光。

 稀に強力な属性魔力を秘めた人間が誕生する。


 火──朱雀眼

 水──玄武眼

 風──青龍眼

 地──白虎眼

 光──麒麟眼


 それを総称して、──神獣眼と呼んだ。


 

「今回の亡骸も例外なく神獣眼の持ち主なんだぜ!」

 中年冒険者が嬉しそうに目を細めた。場違いにも嬉々とした様子は、マニア特有の狂気が滲み出ている。

 しかしそれとは対照的に辺りは騒然としていた。絢爛けんらんなドレスを着た貴婦人や、貴族の御子息たちが動揺を隠すことなく取り乱していた。


「またデュラハンの仕業かよ……」

「よりにもよってこんな時に……」


 事件が起きたのは昨晩。明け方の早朝も事態は収束していなかった。得体の知れない何者かによって、人が殺されたのだ。会場は重苦しい空気に包まれていた。甲冑を着込んだ護衛の騎士たちがせわしなく駆け回っている。


「お前たちは冒険者か? まだデュラハンが潜んでいる可能性がある。協力を求む」

 兵長と名乗る衛兵が苦み走った顔で言った。



 兵長から聞かされた事件の概要はこうだった──。

 舞踏会の主催者はこの地域を治める公爵。表向きは成人を迎えた宰相の御令嬢の祝賀会としていたが、公爵は自分の御子息を御令嬢の配偶者として売り込もうとしていたらしい。


 有力貴族の御子息たちも集い、盛大な舞踏会が開催されていた。政治的な戦略が見え隠れする貴族社会にありがちな社交界だった。


 そこで御令嬢のお眼鏡に止まった者たちが一人ずつ部屋に招かれて歓談する。そんな流れだったらしい。そして、事件は御令嬢の部屋で起きた。招かれた伯爵家の嫡男がデュラハンによって御令嬢の前で殺されたのだ──。

 

 ──⁉


「と言うことは、御令嬢はデュラハンを目撃したのですか?」


 俺は当然、──違和感を覚えた。

「ああ、御本人からの証言はとれている」

 兵長がゆっくりと頷く。

「御令嬢は今どこに?」

「部屋で休まれている」

「会わせてもらうことはできますか?」

「昨晩、目の前で人が殺されたばかりだ。心身ともに酷くお疲れになっている御様子。察してくれ!」


 兵長の言葉に偽りはないだろう。

 しかし未来から来た俺にとって、御令嬢が嘘をついていることは明らかだった。


 デュラハンなど存在しない。

 目撃などしているはずがない。

 ──もしや、御令嬢がホワイトアイズ?


「うーーむっ! なんか引っかかるな!」

 中年冒険者が拳に顎を乗せて唸った。

「デュラハンは実体のない死霊だ。長年デュラハンを追いかけているが、目撃情報なんて今回が始めてだぜ。オレはデュラハンが実在していることさえ怪しいと睨んでいるんだ」


「御令嬢が嘘をついているとでも」

 兵長が口調を強めた。

「いや、目の前で人が殺されたんだ。錯乱状態になったとしても不思議ではない。それにデュラハンは首の無い鎧騎士。誰かがデュラハンを装うことも可能だろうよ」

 兵長の目の色が変わる。

 陰謀渦巻く貴族の社交界。被害にあった伯爵家をうとむ人間も少なくはない。兵長も思い当たる節があったのだろう。


「まさかこれは人為的な殺人事件?」

 態度が豹変して身を乗り出した。

「あくまでも仮説だがな、オレはその線が濃厚だと思っている」

 中年冒険者の推理はあながち間違ってはいない。

 王国の宰相の御令嬢がホワイトアイズと考えるより、デュラハンに見せかけて殺害した実行犯がいる。そう推測する方が自然だ。

 そしてそいつがホワイトアイズのはずだ──。


「御遺体を見せてもらうことは出来ますか?」

 俺は中年冒険者の推理に便乗して兵長に取り入った。

「ああ、そいつは可能だが……」

 兵長の言葉尻がため息へと変わった。

 

 案内された一室に、遺体はそのまま放置されていた。まだ何も手がつけられないらしい。俺と中年冒険者は追悼の意を込めた黙祷を捧げ、遺体に近寄る。


 噂に聞く首無しの亡骸。

 無惨にも首を一刀両断され頭部を失っている。皮肉にも伝承されるデュラハンの姿と酷似していた。

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