第56話

「デュラハンの仕業でなく陰謀かもしれないだって⁉」


 ひどく狼狽した様子で駆け寄ってきたのは公爵だった。


「私が主催する舞踏会でこのような惨劇が起きるとは……。宰相様に顔向けができん。なんとしてでも犯人を引っ捕えよ!」


 貴族特有の高飛車な物言いだったが、体裁を整えなければ権威失墜の危機さえはらむ状況に顔色は青冷めていた。


「冒険者様、昨晩より城門を封鎖し来賓の方々には城内にとどまって頂くようお願い申し上げております」


 公爵のかたわらで兵長が勇ましく声を張り上げた。

 兵長はデュラハンの仕業でないとするならば、この事件は密室殺人だと言った。

 犯行当初、城門は衛兵たちで守られ、人の出入りは出来なかった。城内には来賓者とその従者。帯同する護衛の武器は城門で預り、丸腰での入城を依頼した。

 あとは主催者である公爵家の給仕たち。兵長が属する公爵家の衛兵らは城外で待機していたとのこと。つまり城内には部外者の立ち入りが不可能だった。


「この城は普段どなたが管理しているのですかな?」


 中年冒険者が名探偵さながらに、兵長に詰め寄った。


「こちらは公爵家の領地にあるものの、歴史の長い古城でして現在は使用していないのです」

「なぜそのような場所で舞踏会を?」

「御令嬢様に御足労を掛けまいと我が領地で一番近い場所でと公爵様の御気遣いで……」

「でしたら、舞踏会前に城に潜伏することが可能ですな!」

 中年冒険者は息つく兵長を出し抜くように切り捨てた。


「舞踏会前に⁉」

 兵長が面食らった様子でシドロモドロとたじろぐ。

「公爵家は何ヶ月も前から舞踏会の準備を進めて参りました。城の清掃や修繕。食材の手配など、宰相様の御令嬢を迎えるとなれば些細な不手際もあってはなりません」

「準備に携わった人間は沢山いたと言うことですね?」

「ええ、主に公爵家に仕える給仕や職人。それと奴隷たちですが……」

「奴隷たち?」

「はい、運搬用の枯渇人奴隷です」


 問い詰める中年冒険者に臆した兵長が目配りをして公爵の顔色を伺った。


「おいおいまさか貴様ら、我が公爵家を疑うと言うのか⁉」


 自分も容疑者の一人だと勘繰られていることに気づいた公爵は機嫌を損ねて声を荒げた。

「冒険者ごときが図に乗りおって! 貴様らを犯人に仕立て上げて突き出しても構わないのだぞ!」


「公爵様、御言葉を返すようで大変恐縮ではありますが来賓の方々も御招きしている手前、濡れ衣を着せるような解決策は悪手だと存じ上げます」

 たかぶる公爵を兵長がなだめる。

 足を引っ張り合うのが貴族社会だ。下手な小細工は付け入る隙を与える。ましてや宰相の御令嬢ともなればその力は極めて甚大。


「便宜を図る上でも第三者であるこの者たちに任せるのが得策かと……」


「ふんっ! 勝手にしろっ!」

 公爵は行き場所のない怒りを鼻息に乗せて、後は兵長に一任するとばかりに去って行った。


「うーーむっ」 

 中年冒険者は地鳴りのように喉を鳴らして考え込み、

「被害者は伯爵家の御嫡男とのことだが、怨みを持つような人物に心当たりはありませんかな?」と兵長に尋ねた。


「ここだけの話ですが……」

 兵長はそう前置きをしてから辺りを見回し、小声で話し始めた。

「領主様たちの勢力は拮抗しております。もし宰相様の御令嬢の配偶者に選ばれでもしたものなら……」


「均衡が崩れる? そう仰いたいのですな」

 言葉を詰まらせた兵長に、意を汲んだ中年冒険者がすかさず代弁した。


「……はい。この舞踏会に領主様たちを御招きしたのも公明さを図るためのものでして……」

「なるほど。つまり表向きは仲良くしているものの腹の探り合い。皆が御令嬢を狙うライバルで殺害の動機は誰にでもあると……」

 中年冒険者の問いに兵長は静かに頷いた。

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