第54話

 エクスとカリバーを一旦、武器の姿に戻した。歴史の真実を知る者がいるとするならば極力、人目を避けたい。

 俺は左右の腰に、剣と鞘を別々に携え、背中にオリハルコンソードを背負うという何とも珍妙な姿で旅をすることになった。


 ──剣と鞘の仲が悪い。

 誰がそんな奇天烈な話を信じてくれるのだろうか?

 家庭内別居の一風いっぷう変わったハーレム生活。

 心のり所は新調したオリハルコンソードだった。俺は五大元素の魔水晶を埋め込んだ剣をまじまじと眺める。冷え切った夫婦間の我が子のように、もしくはペットのように──。言葉を喋らないオリハルコンソードの存在が俺を癒してくれていた。

 武器となり静まり返ったエクスとカリバー。今はこの静寂が妙に心地良かった。

 


 俺は途方に暮れながらもギルドを訪ねていた。幸い手持ちの通貨は過去の世界でも使えたが小銭程度しか所持していない。

 とりあえずギルドで金を稼ぐ必要がある。

 ギルド内の討伐クエストの掲示板を覗き、困惑していた俺に思ってもいなかった吉報が訪れた。


 討伐依頼──デュラハン。

 不意に飛び込んできた情報に目を見開いた──、俺はこいつの正体を知っている。


 デュラハンは魔物ではない。

 ホワイトアイズを訪ねよ──。親父の言葉に頭を抱えていた。各地に点在すると言われるテロリスト集団。その所在は明かされていない。世界を敵に回す秘密組織がおいそれと姿を現すはずがない。訪ねろと言われても皆目かいもく見当けんとうもつかないでいた。


 ──俺がいた世界。この世界より未来では、デュラハンは存在しないことが判明している。デュラハンの仕業だと恐れられていた首無し遺体の犯人は、

 ──ホワイトアイズだ。


 幻の亡霊、デュラハンを追えばきっとホワイトアイズに辿り着く。俺は確信した。

 正式にデュラハン討伐の依頼を受け、ギルドからの後ろ盾を得れば情報が舞い込んでくる。デュラハンは存在しない。どうせこのクエストは金にならないだろう。俺は適当に下級クエストをこなして小銭を稼ぎ、それを待った。


 そしてついに、──デュラハンが現れた。


 古城で行われた貴族たちの舞踏会。 

 宰相の御令嬢の婚約者を見定めるうたげと聞く。有力諸侯や所領を治める権力者のつどいともなれば、ホワイトアイズの標的となっても不思議ではない。


 その煌びやかな舞台で事件は起きた──。

 伯爵家の嫡男が首無し遺体で発見されたのだ。

 ギルドから連絡を受けた俺は「瞬間移動テレポート」を使い、ただちに現地へと駆けつけた。

 

「長年未解決のクエストに挑むとはお前も物好きな冒険者だな?」


 話しかけてきたのは頭の禿げた中年男性だった。彼もまた俺と同じくデュラハン討伐に名乗りを上げ、古城に出向いた冒険者の一人だった。


「ええ、まあ、、、」俺が次の言葉を探していると、

「お、お前珍しい眼をしているな!」

 俺の返事を待たずして中年冒険者が興味津々と詰め寄ってきた。

「オレは眼球マニアでな! お前のそれ漆黒眼か⁉ 噂には聞いたことあるが初めて見たぞ! もっとよく見せてくれっ!」

 えらく興奮した様子で俺の瞼をぐいっと押し上げる。

「い、いたたたたっ」

 親指を押し付けられた圧力で眼球が飛び出そうになった。

「わりぃ、わりぃ。ついつい興奮しちまってな。悪気はねぇーんだ。勘弁してくれ」

 平謝りで頭を下げる中年冒険者に悪意は感じない。それにしても眼球マニアとは変わった趣味の男だ。


「オレはよ、長年冒険者をやってるんだがな、未解決のデュラハン討伐に浪漫を感じててな」

「浪漫ですか?」

 中年冒険者が興奮冷めあらぬ面持ちで言った。

「ああ、浪漫というかミステリーだな!」

「ミ、ミステリー?」

「おうよ、最初の頃はよ、デュラハンの無差別殺人だと思ってたんだがな、オレはこの事件に規則性があることに気づいたんだよ!」


「規則性ですか?」

「ああ、漆黒眼の兄ちゃんだから特別に教えてやるけどよ、各地で発見される首無し遺体の眼には共通点があるんだよ」

 俺はハッと息をのんだ。


「おっ、兄ちゃんいいリアクションするじゃねーかっ⁉ なっ、おもしれぇーだろっ⁉ こいつはただの無差別殺人じゃなくて計画犯だってことだ! しかも犯人は首じゃなくて眼を狙ってやがる。眼球マニアのオレにとってこんな浪漫は他にねぇーぜ!」


「眼を狙うって一体なんのために?」

「さあな、そいつは知るよしもねぇーさ。ただな、これだけは言える。こいつは誰かが意図的に引き起している連続殺人ってことさ」


 中年冒険者の言うことは間違ってはいなかった。犯人はデュラハンではなくホワイトアイズだ。しかしその魂胆は──。


「ち、ちなみになんですけど……、狙われている眼の共通点って何ですか?」

 俺は蒼白眼狩りの言葉を思い出し、寒くなった背筋を堪える。


「……狙われているのはな、──神獣眼さ」

 中年冒険者が禿げ上がった頭を撫でながら得意気に鼻の穴を広げた。

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