第一章 17 「襲撃者の正体」
「これで最後‼︎」
最後の敵兵が銃撃によって地に沈む。
アカリは引き金から指を外してライフルを正面に向けたまま銃口を下ろすと、周囲を見回して脅威が無いか確認する。
「クリア」
チームで行動する癖からそう叫んで敵が全滅したのを確認した後、アカリは警戒を解いて騎士達の元に戻った。
そんな彼女を何とも言えない表情の騎士達を従えたマッチョマンが笑顔で出迎える。
先程までとは異なり、執事風の老人とメイド風の女性四人が増えている。馬車に恐らく隠れていたのだろう。
「女、本当に助かった。感謝する」
握手を求めてくる半裸マッチョ。何だか汗臭そうだが、蔑ろにするのも悪いとアカリは応じる。
「なんかヤバそうだったし勝手に割り込んだけど、よかった?」
「ああ、お前が手を貸してくれなければ全滅していたところだ」
「そりゃ良かった」
と、そこで脇に控えていた騎士が一人歩み出る。
「私からも礼を言う。主人の危機を救ってくれて感謝する」
「どういたしまして。おじさんは?」
「お、おじ…護衛隊長のワッズ・ドロールだ」
ワッズはおじさん呼ばわりに一瞬顔が引き攣るが、礼を欠くまいと堪える。
「それでだ、助けて貰った身でこう言うのもなんだが、君の口調はどうにかならないのかね?君は分かっていない様だが、我が主人は…」
「よい、ワッズ」
苦言を呈しようとしたワッズをルドルフは制した。
「しかし…‼︎」
「良いと言っている」
強い口調で再びワッズの言葉を遮る。
そのやり取りを見てアカリは普段通り接したのは不味かったかと内心で焦った。
「えーっと、俺の喋り方が気に食わないってなら改めるけど」
「いや、変えなくてもいい。俺は気に入っているからな」
そう言って豪快に笑うルドルフ。
「…まったく、そういうところですぞ?」
深い溜息を吐き苦笑するワッズは改めてアカリに向き合う。
「まあいい…色々思う所があるが、主人がこう言っている。感謝せよ」
「そりゃどうも」
どうやら不問とされたらしく、アカリは胸を撫で下ろした。
「ところで向こうから何やら手を振った女が駆けてくるが?」
ルドルフが街道の先を指差す。そこには「おーい‼︎」と手を振りながら向かって来るリアの姿があった。
「あ、あれは俺の連れ」
リアはアカリの元まで来るとアカリ身体をべたべたと触る。
「大丈夫⁉︎怪我とかしてない?」
「ちょっ、リア⁉︎だ、大丈夫だから、くすぐったいって」
「そう、よかったぁ…心配したんだからね?直ぐ戻ってくれないんだもの」
「ごめんごめん。それより騎士さん達の前だし、落ち着こうか?」
「あ、すみません。皆様の前で失礼…しま…」
リアがルドルフ達の方を向いたリアの表情がみるみるうちに真っ青になっていく。
「どったの、リア?」
「ななな⁉︎…大変失礼を致しましたああああ‼︎」
リアはそう叫ぶと物凄い勢いで土下座をしだす。
「ててて帝国の貴族様とは知らずとんだ御無礼をを‼︎」
「ほへ?」
「ほへじゃ無いわよ‼︎アカリも早く謝って‼︎」
そんな二人の様子を見て、ルドルフとワッズが笑った
「面白い女達だな、ワッズ」
「いやはや、毒気を抜かれますな」
ルドルフはリアに歩み寄ると、その肩を叩いた。
「止めよエルフの女。俺は気にもしていないし、普通にしてくれ。お前の連れにもそう命じたとこだ」
「え?」
アカリを見ると彼女はニッと笑いサムズアップをしてくる。
「うそぉ…」
呆気に取られるリアを他所に、アカリはルドルフに尋ねた。
「ところで、帝国の貴族ってマジ?」
「ん?ああ、名乗っていなかったな。俺はカルドニア帝国公爵、ルドルフ・フォン・バレンリアだ」
その名を聞き、さすがのアカリも冷や汗を流す。
「公爵って…マジっすか」
「何だ?態度を改める気か?」
意地が悪く笑うルドルフに、アカリはこめかみを抑えて苦言を呈した。
「いや、今更だけど…そーゆー事は早く言って欲しかったなーってだけ…」
「本当に肝の座った女だな。名は何と言うのだ?」
「…アカリ。アカリ・カーディナルだよ」
アカリはとんでもない出逢いをしてしまったと、溜め息混じりに名乗るのだった。
「負傷者は?」
「五名です。内、フォルマートンは出血が酷く恐らくもう持たないでしょう」
「…そうか。馬に乗れぬ者は馬車に乗せろ」
ルドルフは表情を変えなかった。悲しんでいない訳ではないが、職務を全うした者だ。どうなろうとそれは騎士の本懐だと割り切る。
「死者八名の遺体は如何なさいますか?」
「捨て置くのは忍びない。馬車でダンドルンまで運び、丁重に弔ってやれ」
「御意」
指示を受け取ったワッズが去ると、ルドルフは視線を移す。そこには岩に座ってリアと話しているアカリの姿があった。
- …改めてみても美しい
彼女の戦う姿を思い出す。見た事もないマスケットを駆使して敵を射殺し、そして懐に飛び込んで来た大男すら容赦なく足蹴にする姿。
その姿を思い浮かべただけで、自分が再び勃起したのを感じる。
- 二十年も不能であった俺がな…
戦士として名高く、帝国皇帝からの信頼も厚い。騎士だけでなく領民からも慕われるルドルフ。
そんな彼の唯一の隠し事にして欠点が男としてインポである事だった。
厳密に言えばまったくの不能という訳ではない。戦場で戦う時は戦いの喜びから勃起する。が、どんなに美しい女を見ても、その裸を見ても勃たなかったのである。
しかし困ったものだとルドルフは溜息を吐いた。勃起をすれば当然射精欲が湧いてくるものだ。
だがこんな所でその欲に負ける訳にもいかず、ルドルフは首を振ると、目を閉じた。瞑想し精神を統一させ雑念を払う。
しばらくして心を落ち着かせていたルドルフの元にワッズがやって来た。
「ルドルフ様。遺体の収容と負傷者の応急処置が終わりました。…それとお見せしたいものが」
ワッズについて行くと、そこには襲撃者の遺体が集め置かれている。ワッズはその遺体の一体が被っているフードとスカーフを取った。
「これをご覧ください」
「これは…教化奴隷の刻印か」
遺体の首には荊棘と逆十字をあしらった刺青が施されている。
「…教化奴隷は所有せずに異端者として放逐される者もいる。それが盗賊に身を堕としていた可能性もあるぞ?」
「ええ。私もそう思いましたが…」
「…全員…か」
「…はい」
ルドルフお抱えの騎士達と渡り合える戦闘訓練を積んだ教化奴隷を組織化出来る勢力など、この世には一つしか無い。それが帝国に牙を剥いてきたという事だ。
「この事は他の者は?」
「…私のみで調べております」
「それでいい。…死体は焼け」
「御意」
ルドルフは溜息混じりに逡巡する。
「全く…世の全てが敵か味方で分けられれば楽なものを…」
彼はそう憂鬱に呟くのだった。
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