第一章 16 「戦女神」

「何か凄い音するんだけど」

渓谷の街道を進んでいたアカリは前方の異変に気付き、立ち止まる。

聞こえてくるのは金属がぶつかり合う高い音と人の雄叫びや叫び声だ。

「本当だ…これって戦いの音?」

「そうみたいだね」


アカリは腰のポーチから双眼鏡を取り出すと少し高めの岩に登って周囲を確認する。

街道を道なりに一キロ程進んだ先、谷底まであと少しという地点。そこで馬車三台が止まり、何十人もが剣で斬り合っている様子が見えた。


「どう?」

心配そうなリアが岩の下から訊ねてくる。

「めっちゃ戦ってるわ。ありゃ馬車の一団が賊に襲われてるな」

襲撃者は盗賊の様な格好をした連中で、襲われてる身なりのいい騎士風の男達が襲われている側なのだろう。必死に耐えているが、防戦一方の様だ。

「数で負けてるな」

アカリは岩を降りると、ライフルのドットサイトの電源を入れる。

「どうするの?」

「放っておくのも何だかだし、襲撃者が盗賊なら俺達も無事に通れる保証無いじゃん?」

「確かにそうね…」

襲撃されているのはどこかの貴族か何かだろう。この世界に伝わっている銃に比べて遥かに高性能なアカリの武器を見せる事には躊躇いがあったが、恩を仇で返すようなら返り討ちにすればいいと割り切る。

「リアは静かになるまで身を隠してて」

「分かったわよ。…気を付けて。無事に帰って来てよね」

「あいよ」


- 美少女に送り出されるとヤル気でますわー

アカリは筋力強化のスキルを使いつつ、戦闘が行われてるエリアまで駆け抜けた。

近くの草むらに身をかがめると、双眼鏡で状況確認をする。やはり襲撃者が有利な様で、既に残された騎士は数える程しかいなかった。


- 生き残りは…騎士が六人と…何?あの筋肉ムキムキの半裸男


そう、残された騎士は六人。そしてその真ん中で騎士以上に大暴れしているのが、隆起した筋肉を見せつけ、大剣を振り回すマッチョマンであった。

その戦いぶりは凄まじく、襲撃者を千切っては投げ千切っては投げと戦い続けている。

「あのマッチョ強えー」

だが、それでも不利な状況なのは明確だ。

その原因は敵の数もさる事ながら、馬車の周囲に集められた負傷兵を、時折放たれてくる矢から守りながら戦っているのである。

「そりゃ、ジリ貧にもなるわな。ただ…」

アカリはマッチョマンが全力を出せない理由の一つ、長久隊の存在を探す。

「そーゆーの嫌いじゃないんだよね」

長久隊は主戦場から離れた位置から定期的に矢を放っている。数は十人。

「見っけ」

アカリはバックパックから一丁のグレネードランチャーを取り出すイタリア製のGLX160。アサルトライフルに取り付ける事も出来るが、近接戦メインのアカリは重くなるという理由で好まず、普段から単体で使用していた。

ランチャーに榴弾を装填し、長久隊に狙いを定める。

「んじゃ、殺りますか」

アカリの目付きが変わる。そこにいるのはGCFのキリングJKと呼ばれ恐れられたアカリの姿だ。

ランチャーのトリガーを引くと、ポンッという音を立てて榴弾が射出される。

アカリは素早くランチャーのスリングを引いて背中に回すと、愛用のHK433を構えて走り出した。

「弾ちゃ〜く、今‼︎」

百メートル程先に居る長久隊の中心に榴弾が着弾し敵兵が吹き飛ぶ。

「六キル」

生き残った敵兵も無事ではなく、爆発と榴弾の破片で負傷し蹲っていた。すかさずライフルの射撃で残り四人を射殺し長久隊を全滅させる。


アカリは主戦場の様子を見る。突然の爆発に襲撃者どころか騎士達も混乱している様だ。

隙のできたマッチョマンに一人の敵兵が斬り掛かろうとする。アカリは直ぐにその敵兵に照準を合わせて射撃。二発の銃弾は敵兵の鎧を貫通し無力化に成功する。


「そこの半裸の人‼︎︎助太刀するよ‼︎」

アカリは自分が味方だと宣言しつつ、更に進路上の襲撃者を仕留めていく。

「お前は…⁉︎いや、助かる‼︎」

突然の珍入者に驚く声を上げたマッチョマンだが、直ぐに味方だと判断し感謝を示した。

アカリはマッチョマンの横まで来ると振り返り、迫り来る敵に射撃を始めた。

「撃ち漏らした奴を対処して‼︎」

「応‼︎全隊、この女の言う通り戦え‼︎」

物分かりの良い戦士だなと感心しながら、アカリは騎士達と共同戦線を張る。

「さて、死にたい奴からかかって来なよ。…ま、全員殺すけどさ‼︎」

それから数分もしないうちに襲撃者達は全滅するのであった。




突然の爆破にルドルフは叫ぶ。

「何事だ⁉︎」

煙が上がる方角を見れば、先程まで自分達を悩ましていた敵の長久隊のほとんどが倒れ伏しているのだ。

「一体何が起きている⁉︎」

「わ、分かりません…‼︎」

部下達も理解出来ていない。それ以上に敵兵は混乱していて皆が長久隊の有様に目を奪われていた。

漂う煙の周囲にはまだ数人の敵兵が立っているが、誰もが負傷しているのかふらついている状態である。が、それらも続いて断続的な破裂音と共に倒れていく。


- …何の音だ?


ルドルフは何処かで聞いた事があったと思う。が、それが何だったかは直ぐに思い出せないでいた。

更に驚く事に、倒れゆく敵の横に一人の人影が現れる。何か長い筒の様な物を手にし、こちらを見てくる。

「女?」

その女は筒を素早くこちらに向けた。瞬間、更なる破裂音と共に「ぐはっ‼︎」という叫びが聞こえる。

見れば襲撃者の一人が背後で倒れていた。

「⁉︎…マスケットか‼︎」

ようやくその正体に思い至ったルドルフはその乱入者に釘付けになった。

こちらに向かって駆け出し、素早い身のこなしで敵兵を屠っていく美少女。短いスカートから惜し気もなく晒す生脚、揺れる胸、そよぐ長い髪。全てが戦場に異質で、だからこそ彼女の見せ付ける強さが際立つ。

それは偉才の踊り子が立つ舞台と化していた。


「…う、美しい」

ルドルフは唸る様に声を漏らす。心の底からそう思えたのだ。

「そこの半裸の人‼︎助太刀するよ‼︎」

少女が声を上げる。

それは澄んだ美しい声色に似つかわしくない口調であったが、何故かルドルフには好ましく思えた。


帝国六大公爵家の一人にして帝国最強の戦士ともなれば、誰もが頭を垂れて畏まる。ルドルフの人生において存在するのは上か下か敵かの三者のみ。彼は生まれてこの方、対等な会話などした事が無かった。

だからこそ、彼女の口調は彼にとっては新鮮なものだったのだ。

やがて少女が彼の元まで辿り着き、その傍に立った。

「お前は…」

誰なのだ?何故そんなにも俺の心を乱す?

そう尋ねようとし、ふと我に帰る。

今は戦いの時だ。この少女が誰なのか分からないが、少なくとも味方である事だけははっきりしていた。

「…いや、助かる‼︎」

そう短い感謝の言葉を発すると、ルドルフは再び敵に向かい合う。

「撃ち漏らした奴を対処して‼︎」

少女が強い口調で指示を出してきた。

その口調に、またルドルフは新鮮な感情を得る。だが先程とはまた違う何か人間の本質的な昂りを覚えたのだ。


- 何だ?この胸が締まるような何とも言えない気持ちは‼︎


「応‼︎全隊、この女の言う通り戦え‼︎」

彼女に応え、部下達に指示を出す。

少女はルドルフに向かってウインクをすると敵に向かって駆け出す。


「さて、死にたい奴からかかって来なよ」

少女の声が聞こえた。敵に対しての宣言だろう。

「…ま、全員殺すけどさ‼︎」

この時、湧き出す己の欲情をルドルフはハッキリと意識した。

敵を殺戮する少女の華麗なる動き、強く敵を蔑む声、その全てに欲情し、ルドルフは人生において二度目の、そして実に二十年ぶりに勃起したのだった。



〜〜〜〜〜〜〜〜〜


人には色んな悩みがありますよね。

ルドルフ様も計り知れない悩みをお持ちです。


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