第一章 04 「たった一人の生存者」
「どー見ても悪人に村が襲われてるんだよなー、これ」
アカリは目の前で展開される光景に悪態をつく。
「最悪だわぁ…せっかく人が居る世界だって分かったのに、ファーストコンタクトが盗賊かよ」
川下に立った煙に向かって歩く事、三十分。アカリが見つけたのは盗賊に襲われた集落だった。
今は村を見渡せる木に登り、双眼鏡で状況把握に努めていた。
「村人は…全滅っぽいな」
四人の屈強な男達が死体を引きづり火災を起こして黒煙を上げる民家に運んでは投げ入れている。
また他の場所では死体の身包みを剥ぐものもいる。
「奴らの武器は剣と弓か」
どうやらこの異世界の文明レベルは少なくとも近代には達していない様だ。武器のレベルはアカリのサバイバルにおいてアドバンテージに直結する。
「まだ断定は早いけど、銃が無いのは救いだね」
村人が生きていない以上、戦闘を避ける選択肢も考え得る。別に正義の味方をする気は無いし、自分の生存が優先事項であった。
アカリは一旦安全な距離を取って盗賊が去るのを待つ事に決めたのだが、事態は急転してしまう。
「あれは…」
双眼鏡越しに見えたのは両手を縛られ、首にも縄を結ばれた耳の長い少女の姿だった。
「おいおい、エルフだよエルフがいるよ!きたよコレ、ファンタジー万歳‼︎…ってんな不謹慎な事言ってる場合じゃないって」
耳の長い少女は燃える家を見て号泣し、その様子を盗賊達が取り囲んであざ笑うという不愉快な光景だった。
「…胸糞悪ぃ」
少女は村の生き残りだろう。放っておけば彼女がどうなるかは容易に想像がつく。
「なんつーか、カッコ付ける気も無いけどさ」
アカリはつい二日前まで仮想現実のアバターを相手に戦っていただけの普通の日本人だ。それが少女を助ける為には、盗賊相手とはいえ明確な殺意を持って殺めなければならない。
「…まあ、こんな文明レベルの異世界だし」
アカリは自分に言い聞かせるように独りごちながら、手にするHK433の棹桿を引き弾を込める。
「遅かれ早かれなら、あーゆークソッタレな悪人相手の方がマシだね」
だが相手は十人の盗賊で弓も持っている。どう立ち回るべきかを脳内でシミュレートする。
だが一人の大男が少女を引きずり回して納屋に入って行った事から、最早一刻の猶予もないとアカリは駆け出した。
まず少し迂回し、盗賊達が集まる村中心から死角になるルートを警戒しながらも素早く進む。
少女が連れ込まれた納屋は村の南東側だ。銃声がすれば盗賊が駆け付けて来るだろう。サイレンサーを用意する余裕がない事が悔やまれる。
ー 距離はだいたい二百メートル。銃の概念がない世界なら銃声が何なのか理解できないだろうから、直ぐには来ないだろうな。
少女を救出し、盗賊達が異常に気付き行動しだすまで一分と仮定する。
ー 後はあの娘を連れて逃げて終わり、とはいかないか
やはり中途半端な事をするより殲滅する方が逆に安全。そう考えているうちに、アカリは納屋の裏に着いた。物陰から手鏡で納屋の様子を窺う。
そこに映ったのは柵に繋がれた少女が陵辱を受ける光景だった。
「これがエロ漫画なら眼福なんだけどな」
アカリは素早くライフルを構え、今まさに少女の尊厳を奪わんとする大男に照準を合わせる。
「リアルにやられるとムカつくわ」
頭に一発。
HK433から発射された五・五六ミリの弾丸は、大男の頭蓋骨を脳漿と共に砕く。
銃撃を受けた大男は数秒立ったままだったが、やがてゆっくりと地面に倒れていった。
「クリア」
異世界、というより人生でのファーストキルである。思うところが無い訳ではなかったが、それ以上に泣き叫ぶ少女を救えたという使命感が勝り、アカリに冷静さを保たせた。
「…え?…な、何が…?」
突然、自分を襲っていた盗賊の頭目が倒れた事に、少女は混乱していた。
無理矢理処女を奪われ、盗賊の慰め者にされる絶望の未来。何もかも諦め、ただ無力に泣き叫んだだけなのに好転した未来。
訳が解らず呆然とする。
そんな彼女の前に一人の人物が現れた。
「とりま、間に合ったね。大丈夫?」
そんな優しい声が掛けられる。
それは謎の黒い棒のような物を持った美少女だった。整った顔立ちは美しいとも可愛いともいえ、見た事のない扇情的な衣装から惜し気もなく見せる生脚に同性であってもドキッとしてしまう。
彼女はエルフの少女に近づと、まず頭目の死体を脚で蹴った。
あの憎き大男はどうやら本当に死んでいるようだ。
こんな綺麗な娘がこの大男を倒したというのか?一体どうやって、と考えるが答えは浮かばない。今はとにかく救われた事に感謝すべきだろう。
「縄を切るから動かないでねー」
謎の美少女、もといアカリは手早くナイフで手と首のロープを切って少女を解放する。
「あ、ありがとう」
解放された少女はよろけながらも立ち上がった。
ふと、少女の視界に地べたに転がる頭目の死体が目に入った瞬間、彼女は激昂の表情を見せ、死体を何度も足蹴りにしだした。
「このっ‼︎このっこのこの‼︎あんたが…あんたが‼︎」
両親や友を殺された憎しみを発散させる少女を、アカリはそっと見守った。
「ふー、ふー…」
しばらくして蹴るのを止めた少女にアカリは声を掛けた。
「気持ちは解るけど、とりあえず今はここまでにして。まだ敵は残っているから」
おそらく彼女は異変に気付いた他の盗賊がやって来るのを気にしているのだろう。頭目が倒されたとはいえ、まだ九人は盗賊が居るはずだ。怒りに身を任せて叫んだ事を後悔する。
「…ごめんなさい。貴女はどうするの?」
「ん?連中を皆殺しにする」
可愛い顔でとんでもない事を言ってのけるアカリ。
少女は絶句した。
皆殺し?逃げるんじゃなくて?
「ちょ、ちょっと待って‼︎相手はこの辺じゃ有名な盗賊団よ⁉︎頭目は死んだけど、他の連中も強敵揃いのはず…‼︎」
「こいつ、頭目だったのか」
アカリはつま先で軽く死体を突く。
「ま、安心して。俺、こう見えて強いから」
アカリは少女が思わずドキッとする笑顔を見せるのだった。
「さてまあ、さすがに君は隠れててくれないかな」
アカリは少女に納屋に留まるように指示する。
「いいけど…武器も無いのにどうやって…」
こちらの心配をしてくる少女に、アカリはライフルを叩いて見せた。
「大丈夫。銃って知ってる?」
「じ、じゅう…?なにそれ…」
「知らないか。逆にこっちとしては助かるけど」
アカリはこの世界に銃が存在しない確証が得られた事に安堵する。
「とにかく安心して待ってて。サクッと殺っちゃう」
アカリは駆け出し、納屋の裏から出て行く。
「あ、ちょっと⁉︎」
エルフの少女は嵐の如く去って行く救出者の後ろ姿に戸惑うが、仕方がなく言われた通り隠れる事にした。
「はぁ…」
本当は一緒に戦いたい気持ちもあったが何せ武器も無い。無力な自分に悲嘆し物陰に蹲った彼女は、名も知れぬ美少女の無事を祈るしかなかった。
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