第一章 02 「森のサバイバル」

異世界転生した最初の場所から森に入り、歩き出してから数時間。アカリは空腹と喉の渇きに襲われていた。


「…これはマズい」

流石に生命の危機だ。まずは水と食料を確保しなければならないだろう。

虫がいるのは分かっているので、最悪は捕らえて虫を食べるという方法もあるだろうが、さすがに最終手段としたい。大体どんな病気を持っているか分かったもんじゃない。


そうして重い足取りで歩き続けて小一時間、ついに水音が聞こえてきたのだ。

アカリは走り出したい気持ちを押し殺し、慎重に水音に向かって進む。しばらく進んだ先にあったのは透き通った水が流れる清流だった。


「よっし‼︎水ハッケーン‼︎」


沢の水は一見飲み水として問題なさそうに見える。が、ここは謎の異世界である。最低でも煮沸しないと不安であった。

アカリはバックパックに手を入れ、アウトドア用のケトルと鍋を取り出した。以前に部隊の仲間とキャンプをした時に雰囲気を出す為に買ったキャンピンググッズである。

「インベントリに入れたまま放置してたのがこんな形で役立つとは…」

それから周囲から乾燥していそうな枝や枯れ木を集め、岩を積んだ簡易的な釜戸を作ると、焚火を起こして沢の水を汲んだケトルを載せた。

そして沸騰させた水を鍋に移し、再びケトルに水を汲んで沸かす。これを数回繰り返して三リットル程溜めた後、鍋を沢の浅い所に置いて冷やす。こうして確保した飲み水をキャメルパックに移してバックパックに収納。残った水をコップに入れて一気に飲み干す。

「う、うまぁああ‼︎水ってこんなに美味しいもんなんだなぁ…」

まさに命の水である。


「これで水はいいけど…」

喉を潤し、飲み水を確保した安心からか、空腹感が増した様に思える。

さてどうしたものかと思案していた時、何やら森からガサガサと気配が近づいて来たのだ。

アカリは直ぐ様HK433を構えてセーフティーを外す。気配はアカリから十メートル程離れた森の中に潜んでいるようだ。


ー様子を伺っている?野生動物か、それとも…


だが少なくとも友好的ではないだろう。先程から感じる嫌な重圧感…殺気だ。


アカリはどうするか考える。この睨み合いは恐らく根比べになる。普通に考えれば先に隙を見せた方が負けになるだろう。

とはいえ、忍耐持久戦みたいな戦い方は好みでない、というより向いていないのが彼女である。


ースキル、使えっかな


この世界では今の所バックパックのストレージを代表に、がGCFの仕様が一部そのまま使えている。つまり、身体強化系のスキルなども使える可能性があった。

先に試しておくべきだったと後悔するが仕方がない。

アカリは小声でスキルを発動するべく呟く。

「スキルコマンド、ハイマッスル」

ハイマッスルはスキル発動中、全身の筋力を大幅にアップするものだ。リアル思考なGCF内で、現実世界では不可能な動きを行うのに必須なスキルである。

コマンド詠唱が完了するとアカリの足元に見知らぬ紋様が現れて全身を光の膜のようなものが覆い、そして直ぐに消えていった。それと同時に全身に妙な高揚感が感じられる。


ーこれ、たぶん成功だよね。ゲーム内でも無いのに…って考えてもしゃーないか


そう思ったのも束の間。一瞬の光に驚いたのか、対峙者がこちらに向かって駆け出して来る。


「っちい⁉︎」


現れたのは体長三メートルはありそうな大型の獣だ。体型は熊に見えるが顔つきはもっと凶悪で、例えるならワニを毛むくじゃらにしたような奴だ。

アカリは強化された脚力で左方に跳躍してワニ熊の突進を避けると同時、ワニ熊の巨体に五・五六ミリの銃弾を三連発撃ち込む。

ワニ熊は銃弾を受けた衝撃でよろけ、倒れるが直ぐに起き上がって再びアカリに向かって走り出す。

効いていない訳では無いだろうが、決定打にはなっていなかった様だ。

「スキルコマンド、ローカスステップ‼︎」

空中軌道を可能とするスキルを発動し、地面を蹴るとアカリは宙に舞い上がる。

「ッシ‼︎」

ポニーテールをなびかせ空中で後転するアカリの真下をワニ熊が通過していく瞬間、アカリは引き金を引いた。

ライフルから発射された二発の銃弾は正確にワニ熊の後頭部を捉えて、その脳漿をばら撒いた。


「ふう…」

着地したアカリは倒したワニ熊を見る。改めて見ると地球に居る生き物ではなく、ここが異世界だと再認識する。

「…これ、食えるよね?」

ワニ熊から流れ出る血は赤い。それに顔こそワニっぽいが、身体はほぼ熊である。

アカリは覚悟を決めてワニ熊を食すべく解体する事にした。


バックパックから取り出したロープをワニ熊の後脚に結び、近くの木に吊し上げる。何をしようかと言うと血抜きである。

「知識くらいでやった事もねーけど…よしっ!やってやる‼︎」

ナイフをワニ熊の首に当てる。

「ちょっ、なかなか切れない…ぐぬぬ」

アカリは猟師でもなければ野生動物の解体なぞやった事のない現代日本東京出身者。知識だけではなかなか上手くいかず、結果、釣り上げられたワニ熊の首をコンバットナイフで切り刻む制服美少女という異様な光景が展開される。

「ああもう‼︎スキルコマンド、ハイマッスル‼︎」

苛ついてスキルを発動し筋力を強化したアカリはナイフを振りかざした。

「せやああああ‼︎」


ぼとり


「…」

ワニ熊の首が斬り落とされて地面に転がる。首が無くなれば血も抜ける。結果オーライである。

アカリは近くの倒木に腰掛けると煙草を取り出して火を着けた。

「…何か思ってたのと違うな、うん」

次は上手くやろうと遠い目でワニ熊の首無し死体を眺めるのだった。



美少女TF異世界転生した当日に森を散々歩いてから謎の生物と戦い、その生き物を解体して食べるという濃ゆい一日が終わる。

その日、アカリは渇きと空腹を満たすと、流石の疲れから河原で死んだ様に眠ってしまった。当然、危険はあったがそれを考える事も出来なかったのは仕方がない事だろう。

ちなみにワニ熊はたまたまストレージに入っていたクエスト報酬の余りの岩塩で味付けしてファンタジー肉状態で齧り付いたが、非常に美味であったという。


明朝、目が覚めたアカリは保存食として燻製にしておいたワニ熊肉を口にする。味気ないものだが止むを得ない。


朝食の後は水浴びをする事にする。とりあえず服を脱ぐとブラウスと下着を洗濯して日向に干した後、清流に入水した。

「気持ちいいいい」

沢の水は冷たく、疲れた身体を癒すには丁度よかった。

「にしても綺麗な身体だな…自分のだけど」

引き締まったスレンダー体型ながら、太腿やらお尻などの要所要所は細すぎずという絶妙なパーフェクトボディ。そして胸には綺麗な形をしたFカップのおっぱいを備えるアカリ的理想体型だ。

その豊満な胸をアカリは自分で鷲掴みにして揉んでみた。

「おほっ⁉︎めっちゃ柔らかいな俺のオッパイ」

しばらくその感触を堪能し、興味本位で乳首に触れた瞬間、

「ひゃぁぅ…⁉︎」

アカリは淫靡な声を上げて蹲ってしまう。

「や、ヤベェ…」

今までに感じたことの無い感覚を味わったアカリは冷や汗を流した。下腹部が熱くなり、モジモジする様な独特の感覚が襲う。

「これはマズい…危ないところだったわ」

ワニ熊の様な危険な猛獣がいる野外で自慰なんぞするわけにいかないと、アカリはそそくさと水浴びを切り上げる事にした。身体を拭き替えの下着と制服を着込むと、大きな岩の上に大の字になって寝転がる。

「俺、マジで女子になったんだなぁ…」


先程の快感をもっと味わってみたいというスケベ心を落ち着かせるべく、小一時間ばかり銃のメンテナンスなどをして過ごしていた後の事である。

洗濯し、乾かしていた服を畳んでバックパックにしまっていた時、下流の空に黒煙が上がっているのに気付いたのだ。

「煙…何かが燃えている?」

山火事という事も考えられたが周囲の森は乾燥しておらず、更に煙の規模は山火事のような大規模なものではない。

つまり、

「人がいるって事だよな…?」


アカリは焦る気持ちを抑え、装備を整え始める。そもそも人がいたとして友好的かすら分からないのだ。準備するに越した事はない。

戦いになる事も想定し、バックパックから装備を取り出す。

銃がある世界だと想定し、防弾プレートを仕込んでいるK19プレートキャリアにマガジンを多数収納。さらにコムタック電子イヤーマフもセットし、完全武装である。


「さて、蛇が出るか鬼が出るか…どうか平穏な異世界ライフとなりますように」


こうしてアカリはフラグとしか思えない台詞と共に、慎重に煙立つ方角に向かって川沿いを進み始めるのだった。

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