第一章 01 「異世界に囚われて」

「…綺麗だなぁ…」


意識の暗転から目覚めた時、無意識に発した言葉はその一言だった。視界に入ってきた木漏れ日のゆらめきに対する純粋な感想だ。

「…んー…何してたっけ」

思考が霞みがかった様にハッキリしない。考えようとすると頭にじんじんとした鈍痛が邪魔をしてくるのだ。


ー考えるのを止めよう


意識を失っていた疲労感から、アカリはただ何もする事なくぼーっと宙を見続けた。



三十分程だろうか。

先程までの頭痛が引いた様で、次第に思考が働きだす。

「…あーっと、確かさっきまでGCFにダイブしてて…」

意識を失う前のことを思い出すべく、アカリは目を閉じて記憶を掘り起こし出した。

「任務依頼を受諾して…アイツらと移動中だったんだよな。んで、なんかアラートが出て…それでー…」


そこまで思い出してアカリは勢い良く上半身を起こした。

「つか、GCFへのハッキング攻撃のアラートだった‼︎で、すげー光が…無事か、俺のアバター⁉︎」

アカリは叫びながら自分の顔や身体を触る。

リアルの自分とは違う小顔、長い髪、デカい胸に下を見ればスカートから覗くスレンダーで綺麗な脚。そこにあったのはGCFで慣れた自分の可愛いJKアバターであった。

「お、おお…無事じゃん」

だが、何処か妙な違和感と同時に不安感が漂う。

「こんな…リアルな感覚あったっけ…」


GCFはフルダイブ型仮想世界である為、自分のアバターを触るとそれなりに接触しているという感覚があったのは間違いない。ただ、今触っている感覚はそれ以上というのだろうか、リアルでの接触感と同じであった。具体的に言えば、触った瞬間のこそばゆさといった感覚がGCFではあり得ない再現度である。


そして何よりも…

「いや、それより…手も脚も3DCGじゃねーよな…これ」


そう、どんなにリアル思考で制作されていてもアバターはアバターである。そこには本物の肉体とは絶対的な違いがあった。

しかしどうだろう。今視界に入っている自分の手足のそれは皮膚から毛穴という全ての質感が人間のそれなのだ。更には自分が履いているスカート、靴下にスニーカーまでもが触ると本物以外の何物でもない。そして極め付けは、今自分が座っている地面に蟻の様な虫が歩いているのが見えたこと。

それに気付いたアカリの動きが固まり、やがて全身から冷や汗が吹き出してきた。


「何か、ヤばくね…?」


絶句するアカリ。

「そ、そうだ‼︎リサリサ⁉︎プリン⁉︎居ないの⁉︎」

意識を失う前、共に居た仲間の名を呼ぶ。

「リオン‼︎優香ぁ‼︎」

彼女、というより彼は恐る恐る周囲を見る。

そこに見知った仲間の姿は無く、飛行中だったティルトローター機の姿も無かった。

「…俺一人かよ…クソッ‼︎」


アカリは周囲の様子を観察する。

そこは森の一角というのが正しいのだろうか。自分が見たことのない遺跡の祭壇の様な場所に座っているのが分かる。

次に自分の周囲の地面を見る。そこには意識が暗転する前に握りしめていたアサルトライフル、HK433が転がっていた。不安からか、慌てた様にライフルに手を伸ばして引き寄せる。その感覚もGCF内での物とは異なり、何度か旅行でグアムの射撃場で体験している実銃の質感そのものだ。


「いやいやいや…」

脳裏に浮かぶ、ある言葉。

ゲームが現実になった。あるいは異世界転生。


だが現実としてそんな事が有り得るのか?アカリは半分認めたくないという葛藤が芽生える。

「ちょま、とりあえず落ち着こうか…」

何にせよ状況の正しい認識をしなければと自分に言い聞かせる。

「…まずは、自分の姿だよ」

当然、自分の視点で認識できるのは手足くらいだ。何か自分の姿を確認できる物はないかと思案する。

「何かないか…水辺を探す?つか、鏡が有れば…ってそうだ‼︎」

アカリは自分が背負っているバックパックの存在を思い出した。

GCFでのバックパックはアイテムストレージになっており、その開口部から入るサイズのアイテムならほぼ無尽蔵に収納出来るという必須アイテムだった。

今の状況がどうにせよ、バックパックの機能がGCFと同じ様に使えなければ相当に不味い状況になるだろう。何せ弾薬類もほとんど収納してあるのだ。

今、アカリのウエストベルトに付けているマガジンポーチに入れている弾倉は四つしかない。ここが何処であれ何の危険があるか分からない以上、余りに心許ない。

アカリは恐る恐るバックパックのファスナーを開け中を見る。

「…おお⁉︎」

バックパックの中は底が見えないブラックホールの様に見える。つまりはGCFでの状態と同じである。

「って事は…」

アカリは思い切ってバックパックに手を突っ込んだ。

GCFでのアイテム取り出しは、手を入れた際に表示されるリストからアイテム名をコールするか、何が取りたいか“考える”というものだ。

「アイテムリストは表示されない…なら…⁉︎」

必要なアイテムを心に思い浮かべて見る。するとどうだろうか、バックパックに突っ込んだ手に何かを掴んだ感覚が生まれたのだ。

勢い良く手を抜くと、そこに握られていたのは小銃用のポリマー製マガジンだった。

「やった‼︎」

これでバックパックの機能は使える事が分かったのだ。とりあえずアカリは一安心し、溜息を吐く。

「これで何かあっても弾切れの心配は無くなったね」

アカリのストレージには様々な武器弾薬が収められている。それこそ何十丁、何万発という数だ。これはただの収集癖というのもあるが、部隊リーダーとしてチームの予備弾薬を一元管理していたのもある。


安全確保という意味での当面の憂いが解消されたアカリは、ライフルに取り出したマガジンを装填しておく。

「んじゃまぁ…」


もう一度バックパックに手を入れて取り出したのは、近接戦闘時に周囲の状況を確認する際に用いる小さな手鏡だ。

その手鏡で自分の顔を確認すると、そこに映り込んだのは、自分でも驚く程の美少女であった。


「っわーお…」


自分の好み、というより性癖全開でキャラメイクされたGCFのアバター、アカリ。その面影はハッキリある。

だがあくまで面影であって、より可愛いさと美しさを増した紛れも無い現実の美少女である。

「…めっちゃ可愛いじゃん俺。ウケるー…じゃなくて‼︎」

アカリは恐る恐る自分の顔に触れて見る。

鏡に現れる手、そして鏡に映る美少女の顔に触れる自分の手。物は試しと頬を思いっきりつねれば感じるリアルな痛み。

「…ま、マジか」

自分から発せられる声も、リアルの自分の声とは似つかない可愛らしい女性の声。

否が応でもこれが現実で、鏡に映る美少女が今の自分の姿だと認識させられる。


「何が一体どうなってるんだよー…いや、冴えない現実の自分の姿じゃなくて良かったとも言えなくもねーけど…」

その後もとりあえず全身べたべたと触りまくった結果、胸にあるのは本物のFカップでありボインボインと揺れる立派なたわわである事、そして股間に男である象徴は無くなっている事が分かる。ちなみにパンツに手を突っ込んで触れてみたところ、そこには穴があったとだけ言おう。


「あ…俺、童貞だった…」


悲劇である。

「チクショオオオオ‼︎自分好みの美少女なのに、その美少女が自分だからどうにもならねーとか酷くね⁉︎」

最早、何を言っているのか分からない嘆きが森に木霊する。

かつての自分にあった数少ない恋愛チャンスを思い起こす。しばらくあの時こうしていればと自分のヘタレっぷりを嘆いた後、盛大な溜息を吐いて蹲る。

「はぁぁ…。それにしても、一体何が起きたっての?GCFのハッキングで何らかの重大エラーで仮想世界に閉じ込められた?…いや、ならこの身体が現実になってるって現象が説明つかねーし」

ここが仮想世界でないのは明らかだ。だとすれば、現実的かはともかく自分が何処か別の場所に何らかの形で意識ごと飛ばされたと考える方が自然だろう。

「とりあえず、可能性を潰すか…システムコマンド、メニュー」

GCFで日常的に用いたコール。ここがGCF内ならメニューウィンドウが空中に表示されるはずだったが…やはり何も起こらない。

「メニューが開かないって事は…ログアウトも無いよ…ね」

試しに「システムコマンド、ログアウト」と唱えてみたり念じてみても何も起こらなかった。

「やっぱりここが現実世界って事か…」

軽い眩暈を覚えるが、よもや感傷にも浸っていられないと自分を鼓舞する。


アカリは次の可能性を試して見ることにする。ここがGCFの世界が現実化したという可能性だ。


「手っ取り早いのは…」

アカリはポーチからスマートフォン型の端末を取り出した。妙なところがリアル思考だったGCFでは仲間と連絡を取ったり、地図を見たりする行為は、全てこの端末で行う仕組みだった。

まず、端末のフレンドリストを確認するが全員がログアウト状態で表示されている。

そして数秒後に画面いっぱいに表示された電波圏外を示すオフラインの文字。少なくとも、現状は通信が不可能だという意味だ。

更に地図アプリケーションを開いて見るが、アンノウンエリアと表示されてしまう。

これらから導き出される答えは一つだろう。

「…ここは完全な異世界って事?」

アカリは再び頭を抱えて疼くまる。

「ラノベじゃあるまいし…こんな事起きるのかよぉ…」


得体の知れない異世界にたった一人で放り出されたショックはやはり大きい。しかも元はアラサーの男が美少女としてである。

だがこの元男、意外に図太い神経の持ち主ではあった。

「いやマジで美少女で異世界転生とか…まあ、冴えない元の姿のままより楽しめなくもないけど…」

こうなった以上、状況を受け入れ開き直るしか無い事は明白である。幸い、身一つで放り出された訳では無い。

「バックパックといい銃といい、少なくともGCFと何の無縁って訳じゃなさそうだし。もしかするとあの時一緒にいた仲間も何処かに飛ばされてるかも知れない」

与えられた条件で上手く立ち回り生き残る。そしてこの異世界を調べつつ、自分を知る仲間を探す。これが当面の目標だろう。

「元の世界に戻る…ってのは、とりま考えないでおこう。原因も何も分からねーし、それ考える程の余裕は無いわな」


アカリは改めて装備を確認する。

バックパックの中身を含め、小火器とその弾薬は充分だ。懐中電灯やら着替えやらの装備も入っている。

「問題は水と食料か…って結構マズいじゃん」

仮想世界であるGCFでは食事を摂るという概念はいわば趣味の範囲でしかない。ロールプレイの一環として食事という要素はあったが、この世界に来る直前は任務のための移動中。特に食品を持ち歩いてはいなかったのだ。

武器や服がそのまま現実化している以上、食料を持っていれば食べれたであろう事が余計に悔やまれる。


「ここに居てもしょうがねーし…」

アカリは立ち上がり周囲を改めて見渡す。視線の先には鬱蒼と茂る森が続いている。

虫はいた。つまり生物は存在する。そして今自分がいる場所にはあからさまな人工物である祭壇の様な遺跡がある。

「人…がいる世界だったらいいな」


こうして美少女として異世界転生した元男、アカリの異世界紀行が始まった。




〜〜〜〜〜〜〜〜〜


本編始まりました!

ここからは異世界の旅です。


ちなみにこの主人公のチートは銃とバックパック、あとは美少女な姿だけです(笑)

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る