第8話:ふたりの気持ち。

柊一郎しゅういちろうは、今まで詩織の制服姿を何度も見ていたが、いつもは、さほど意識したことはなかった。

でも、今朝の朝食の時、詩織の制服姿をまじかに見た柊一郎は自分の中にいつも

とは違う新鮮な感覚を覚えた。


(なに、やってんだ俺)


柊一郎は、自分の中のときめきにも似た感覚をすぐに否定した。


詩織親子が吉岡家に来てから半年。

詩織は以前より急に綺麗になった。

あまり、まじまじと見て、詩織に悟られるとキマリが悪いと思った柊一郎は、

慌てて飯をかっくらった。


家族になったとは言え、柊一郎はまだ詩織に遠慮があった。

詩織のプライバシーには、いっさい口を挟まなかったし、 誰とどこへ行こうが、

なにをしようが干渉しなかった。


ガラスケースに飾った人形のように、ガラス越しに見てはいるが、 決して触れてはいけないことのように思っていた。


それでも以前と違って詩織とはよく話すようにはなった。

普通の兄妹のように喧嘩したり、何かを話題にして盛り上がる、なんてことは

なかったが、いつものように揚げ足の取り合いとかバカ言ったり冗談を言ったりは

した。


でも腹を割って話すというよりは、表面的な会話ばかりだった。

詩織も最初のうちは、本気でめんどくさがっていたが 今では柊一郎との時間が

楽しいとさえ感じていた。


女は恋をすると綺麗になると言うが、まんざらそれはうそでもないようだ。

家の中に年頃の異性がいるというだけで、身だしなみを整え体裁もつくろう

ようになる。


女の子の場合は特に、そういうことを敏感に意識するだろう。

詩織のそれは漠然とした想いではあったが、気持ちは確実に柊一郎に動いていた。


玄関のチャイムがなって聖子が詩織を迎えに来た。


「おはよう、詩織」


「おはよう」


「あ、シュウちゃん、いたの?、おっはよう〜」


「お〜聖子、おはよう」


「朝から、ふたりで何いちゃいちゃしてんの?」


「いちゃいちゃなんかしてないから」


「いいのいいの、それが男と女の習性なんだから」


「余計なこと言わなくていいよ」


「それより、シュウちゃん元気?」

「おう・・・もう元気元気・・・下半身バッキバキ」


「最低」


詩織が顔をしかめた。


「はい、イエローカード」

「シュウちゃんは、なんで、自らそんな嫌われるようなこと 発言しちゃうのかな?」

「黙ってたらイケてると思うよ」


「別に、誰かに好いてほしいなんて思わないし」

「彼女なんか作るとめんどくさいだけだからな」

「それとも聖子、俺と付き合うか?」


「やめとく」

「そんなことしたら詩織に殺されるよ」


「聖子、なにバカなこと言ってるの、もう」


詩織は顔を赤らめた。


「だって・・・詩織、最近シュウちゃんのことばかり話すんだよ」

「心ここにあらずって感じ・・・」


「も〜・・・・せいこ〜」


聖子のリアルな発言に、柊一郎はなんて言葉を返したらいいのかとまどった。

照れ隠しのように、ほほをボリボリ掻いた。


「余計なこと言わなくていいから」


聖子は柊一郎にべ〜って舌を出した。


「なになに〜この気まず〜い、くうきかん〜」


「聖子が余計なこと言うからだよ」

「行くよ」


「じゃ〜ね、シュウちゃん、またね」

「ラブメール送るからね」


「ああ、またな・・・」


「もういいから・・はやく」


詩織は聖子の腕を引っ張った。


「誰かに誘拐されそうになったらすぐ連絡しろよな」

「ぶっ飛んで行くからよ」


「は〜い」


「行ってきます!!」


そう言って、ふたりは朝から賑やかに学校に出かけて行った。


つづく。

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