第14話 負傷者

 グレーテマスはフォークの先に突き刺した肉をフラフラと揺らしながら話し続ける。


「なあに、喧嘩には自信があるからよ、心配は要らねえって。どっか、戦うのに面倒くさくないアシックサイ軍の連中で、だけど、こっちの兵を回すのは面倒だなあっていうのはいねえか? 俺たちが代わりにきっちり殲滅してやるからよ」


 シラけた雰囲気になった食卓で、彼は一人で語り続けた。


「昨日な、昔のダチと話してて、面白そうだから俺たちでチーム作って参加しようって事になったのよ。独自のコスチュームなんか作ったりしてさ。で、チーム名はグレーテマスブラザーズとか……」


 ガシャン!


 テーブルを叩く音が響いた。ヒュロシ様だった。


「いい加減にしないか。この星の兵士たちは、命をかけて必死に戦っているのだぞ。戦争は遊びではない! 貴様の余興のために、大切な武器や防具を渡せるか!」


「へえ~。必死に戦っているわりには、こうして帰ってきて、のん気に食事なんかしているじゃねえか。ああ、昨日は結婚式の『入水の儀』のために帰ってきたんだったっけ。かあ、堅物の兄貴をそこまでメロメロにするとは、イオリさんも罪な女だねえ」


 ナイフの先をくるくると回して私の方を指しながら、グレーテマスはそう言った。ヒュロシ様がナプキンを投げ捨て、立ち上がった。


「おのれグレーテマス! 我が妻を侮辱するか! 貴様に本当の戦闘とはどういうものか教えてやる。潔く剣を……」


「おやめください!」


 と、つい叫んでしまった私にディアネイラ王妃は驚きの顔を向ける。


 私はそれに構わずに続けた。


「お二人とも、おやめください。ご覧ください。マッカリアス姫君は泣いておいでです。これをヘーラクレレス王がご覧になったら、どれだけお怒りになられるか。私がいた第七界でも神話として伝説になっておられる方です。……たぶんですけど。でも、そんな王様が食事の席で若い娘さんを泣かせる男を許すとは思えません。どうかお二人とも、お気をお沈めになり、楽しい食事の場に戻しましょう。せっかくの美味しい料理が冷めないうちに」


 前に小説で書いたようなセリフを繋げてみたけど、効果はあったかしら。


 私が不安げにヒュロシ様の方を見ると、ヒュロシ様は静かに腰を降ろしてグラスに手を伸ばした。


「みんな、驚かせて済まなかった。イオリの言うとおりだ。料理が冷めないうちに食べよう」


「チッ」


 舌打ちをして、グレーテマスはナイフとフォークを皿の上に放り投げると、椅子から立ち上がり、ナプキンで口を拭きながらドアの方に歩いていった。ナプキンを力いっぱい床に叩きつけ、ドアを開けて出ていく。


 皆、しばらく沈黙のまま食事を続けた。こんなの、美味しいはずがない。


 そんな空気を察したのか、ディアネイラ王妃はナイフとフォークを置いてナプキンで口を拭き始めた。そうやって何かを必死に考えているご様子だ。きっと、話題を変えて場を盛り上げようとしてくださっているのね。この場では一番上位のお義母様が発言されるのが絶対にベストだわ。さすがは人生の先輩。これぞ年の功ってやつよね。分かってるう~。


 ナプキンを置いたディアネイラ王妃が、咳払いをしてから緊張気味に話し始めた。


「ゴホン。そういえば、ちょっと小耳に挟んだのだけど、オネイテマス、あなた、厨房の若い見習いシェフたちに手を出しているそうね。それも、何人も」


 お義母様ああ! それ違う。今じゃない。


「まったく、マッカリアスとそう歳が変わらない男の子たちにも近づいて、いろいろな事をしたそうじゃないの。汚らわしい。どうりで近頃、宮廷の料理の質が落ちたと思ったのよ」


 お義母様ああ! そのマッカリアスちゃんは隣ですよお! その前で話すことですかあ!


「当分の間、厨房がある棟への出入りを禁止します。それから、ユーディース氏が料理指導に来られる日は、自室から出ないように。こんな痴態が外部の人間に知られたら、王室の威厳は吹き飛んでしまいますから」


「そんな……。厨房にはもう近寄りませんから、お許しになって」


「駄目です。それと、その女言葉もおやめなさい。あなたは男なのですよ! その服装や喋り方を変えない限り、今後一切の城外への外出を禁止します。いいですね」


「ええー! ひっどーい……」


「いいですね!」


「……はい。――酷い。あんまりだわ」


「オネイテマス王子!」


「はい! ――あんまり……だぜ……うわぁぁぁん」


 オネイテマスは泣きながら駆け出し、食堂から出ていった。


 ヒュロシ様の方を見ると、彼は私に小さくウインクしてから、ディアネイラ王妃に言った。


「母上、オネイテマスは生まれてすぐから、ああいう感じだったのです。そう厳しい事を言われなくても……」


「ヒュロシ王子は、それだからいけないのです。優しいだけでは、王室は維持できませんよ。君主は時に厳しい判断をしなければならいものなのです」


「はい。それは心得ておりますが、少しは弟の気持ちも考えて……」


「大変です!」


 イオラオサンのおじさんがドアを開けて駆け込んできた。


「ヘーラクレレス王が……」


 ヒュロシ様が再び立ち上がる。


「御父上がどうかしたのか!」


 イオラオサンは息を切らしながら報告した。


「ヘーラクレレス王が……重傷を……負われて……先ほど野戦病院の集中治療室に運ばれたと……」


「な、なに。どういう事だ。戦闘の時間は終わったはずだ。敵はとっくに退却したぞ」


「そうなのですが、あの電磁嵐の中で最後の攻撃をと、死を恐れずに突っ込んできた敵兵がいたようで、それらの敵兵を射ち落とすためにヘーラクレレス王自らが電磁嵐の中に飛び込まれたそうで、それで……」


「無茶な。いったい、ご自分をお幾つだと思っておられるのか」


 ヒュロシ様は歯ぎしりをした。ディアネイラ王妃もマッカリアスちゃんも口を手で覆ったまま固まっている。


 私はイオラオサンに尋ねた。


「それで、王様の御容態は」


「全身に火傷を負っておられ、それもかなりの重症とのことです。全ての敵を射ち落としたそうですから、かなり長時間、嵐の中に身を投じておられたのでしょう。今は意識も失われておられると……」


「どの前線基地だ。すぐに向かう」


 駆け出そうとしたヒュロシ王子にイオラオサンは言った。


「ただいま王宮病院に転送中です。転送が完了したら、直ちに集中治療室にて処置をする予定です」


「当然だ。馬を出せ! これより王宮病院に向かう!」


 ヒュロシ王子はそう叫びながら、駆け足で食堂から出ていった。


 ディアネイラ王妃もマッカリアスちゃんも泣き崩れている。


 私はヘーラクレレス王の席に目をやり、テーブルの上に置かれたままの空のお皿をじっと見つめていた。



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