第15話 生贄

 怒涛どとうだ。怒涛すぎる。爆破に巻き込まれて、肛門を通過して、戦争中で、プロポーズされて、結婚して、チョメチョメして、王族の一員になって、変な虫の陳情を受けて、イケメン旦那に問題児の義兄弟、そして、義父の入院……これが小説なら物語として破綻している。そうだ、小説だ。私は小説家になりたかったのに、いつの間にかプリンセス! 暇を見つけて書けばよくね? と思ったけれど、どうもこいつは書けねえぞ。そんな時間と精神的な余裕がどこにあるのよ! ああ、そういえば、銭湯のおばちゃんは大丈夫だったのかしら。と心配しても今はもう戻れないし、目の前のことに集中しなきゃ。ていうか、宇宙空間と地上を転送装置とかで瞬間移動できるなら、どうして広い建物内を走らないといけないのよ! 敷地内の馬車移動も意味不明。普通、ホバリング・カーとか有るでしょ! このバランス感、ホント意味不明! お風呂も無いし!


 私は長い廊下をアルクメーデーと共に走りながら、そう考えていた。アルクなのに走っているアルクメーデー。ふふふ。いけない、笑みは禁物ね。ここは病院だから。お義父様が重篤な状態なのよね。ふざけている場合ではないわ。


 集中治療室の前に着くと、ヒュロシ様とイオラオサンが立っていた。二人とも表情は険しい。私は夫に尋ねた。


「ヒュロシ様、お義父様のご容態は」


「うん……まだ治療中だ。やはり、全身に大火傷を負っているらしい。今、最善の処置を尽くしてもらっている」


「そうですか……」


 慰めの言葉が見つからない。宇宙嵐とか電磁嵐というものがどういうものか知らないけど、あの強靭そうなお義父様がお怪我をされたのなら、相当に危険なのだろう。そもそも宇宙船が撤退するほどのものだ。いくらギリシャ神話のモデルとなった……かどうかは分からないけど、なんかそんな感じの神様的な宇宙人だとはいえ、きっとダメージは大きかったに違いない。ん? ちょっと待って。宇宙空間で戦っているのよね。火傷? この人たち、真空の中で、そのままで戦っているの? そういえば、イオラオサンが乗ってた空飛ぶ水上バイクかスノーモービルみたいな乗り物も、搭乗者むき出しだったわよね。フルオープン。あれで宇宙空間を飛び回っているわけ? はあ?


 強く眉を寄せてしまった私を見て、イオラオサンが言った。


「ご心配なさるな。このオリンポポス星の科学水準は銀河でもトップレベルじゃ。特に、ここ王宮病院は、首都のアッテナイの中でも最高水準の人材と機材を集めている。王様はきっと助かるはずじゃ」


 いやいや、移動は馬車だし。


 するとそこへマッカリアスちゃんが駆けつけた。


「お父様あ! いやあ、死なないで、お父様あ!」


 泣きじゃくりながら治療室へ入ろうとするマッカリアスを背後から羽交い絞めにして、ヒュロシ様が止める。


「落ち着きなさい、マッカリアス。お父様は銀河最強の戦士ヘーラクレレスだぞ。そう簡単に死ぬものか。大丈夫だ、落ち着きなさい」


 静まったマッカリアスは、しくしくと泣きながら振り返り、ヒュロシ様に抱き着いた。


 このブラコン娘、何しとんじゃ! そこはもう私の定位置……。


 治療室の自動ドアが開いた。中から手術着姿のニシシマコン博士が出てきた。ヒュロシ様がマッカリアスを荒っぽく退かせて、興奮気味に博士に尋ねる。やはり、内心は相当に心配しているのね。


「どうですか、父の容態は!」


 ニシシマコン博士は血だらけの手袋を外しながら答えた。


「応急的な処置は済ませたにゃ。でも、根本的な治療はまだですにゃ」


 イオラオサンも尋ねる。


「それでは、王様は……」


 マスクを外したニシシマコン博士は、ヒュロシ様とイオラオサンの目を順に見た後、伏し目がちに答えた。


「今夜が峠にゃ」


 それを聞いたマッカリアスちゃんは、放心してペタリと床に座り込んだ。私が駆け寄り、肩を抱いて立たせる。


 沈黙が辺りを包んだ。


 ハッとしたように顔を上げたヒュロシ様が口を開いた。


「して、その根本的な治療とは……」


 博士は頷いて答える。


「にゃ。皮膚移植にゃ。血縁者からサンプルとなる皮膚を貰えれば、それを高速培養して、王様の全身に移植できるにゃよ。急げば、王様を助けることは可能にゃ」


 ヒュロシ様が前に出た。


「ならば、我が皮膚を使え。今すぐに取り掛かるのだ!」


「危険な手術にゃよ。死んでしまうかもしれないにゃよ」


「構わん! 王の御命のためだ」


「かなり痛いにゃよ」


「……それは、ちょっと……だが、麻酔か何かあるであろう。頑張るから、痛くないようにしてくれ!」


「ぽよんちょにゃよ」


「構わんと言っているであろう! ……何だ、ぽよんちょって」


 私の方を向いて尋ねたヒュロシ様に首を傾げて答えた私は、博士に尋ねた。


「提供者は、どれくらいの皮膚を提供しなければならないのですか?」


「王様は巨体にゃ。そのほぼ全身に熱傷があるにゃ。だから、必要な皮膚も大量になるにゃよ。提供する皮膚が多ければ、その分、培養して移植用の大量の皮膚を作り出す時間も短くなるはずにゃ。最悪、提供者の全身の皮膚の約四〇パーセントをもらう事になるかもしれないにゃ」


「よ、四〇パーセントですと!」


 イオラオサンが聞き返す。


 すると、マッカリアスちゃんが凛とした様子で手を上げた。


「私の、私の皮膚を使ってください」


 ヒュロシ様が驚いた顔で振り返る。


「ば、馬鹿を言うな。おまえは嫁入り前ではないか。傷一つないその美しい体の皮膚など剥がせようか! 皮膚は私が提供する」


 マッカリアスちゃんは首を横に振った。


「いけません。王様が倒れられた今、臨時的にこの星の指揮を執るのは、次期王位継承者であられるヒュロシお兄様なのです。そのお兄様まで床に臥せる事があってはなりません。それに、若くて成長期の私の皮膚を基にした方が培養にかかる時間は短くて済むはずです。そうですよね、ニシシマコン博士」


 博士は黙って頷いた。


 顔を紅潮させたマッカリアスちゃんは、涙を溜めた目で、ヒュロシ様に精一杯の笑顔を見せて言う。


「たとえ私が死んだとしても、この星の平和のためなら本望です。それに、お兄様の皮膚を取られるなんて、私には耐えられません。少しでもお役に立てるなら、私はオリンポポス星のためにこの身を捧げます」


「マッカリアス……」


「くううう……」


 話を聞いていたイオラオサンがむせび泣く。


「では早速とりかかるにゃ」


 そう言って背を向けたニシシマコン博士に私は言った。


「博士! お待ちください。少しお尋ねしたいことが」


「ん? 何にゃ」


「博士は、温泉というものをご存じでしょうか」


「オンセン? 聞いたこと無いにゃ」


「温泉とは、地下から湧き出たミネラル成分が豊富なお湯を溜めた施設です。私がいた第七界では、温泉に浸かって傷を癒す風習がございました。ですが、こちらの星では温泉のような湯は湧き出ないとのこと」


「う~ん……時間がないにゃ。何が言いたいにゃ」


「温泉と同じような成分の……いや、もっと効果的な成分を含んだお湯を作ることは出来ないでしょうか。例えば皮膚培養効果そのものがあるお湯を」


「う~ん……」


「そうすれば、王様ご自身の残りの皮膚を使って皮膚を直接再生させることができるのでは。温浴効果で血流がよくなれば、皮膚再生の速度も上がるのではないでしょうか」


「うう~ん。面白い発想にゃ」


「私は医学の知識はありませんが、お風呂には子供の頃から浸かっております。ああ、お風呂というのは、温泉を模した家庭の設備です。街には公共の『銭湯』というものもあります。とにかく、長年お湯に浸かり続けてきたのです。だから分かります。『温浴イズBEST』だと」


 自分でも何を言っているのか分からないが、必死だった。まだあどけないマッカリアスちゃんの皮膚を大量に切り取って、老体の王様を助けようだなんて、どうかしている。しかも、切り取られたマッカリアスちゃんは死んでしまうかもしれないなんて! 私は何としても止めたかった。


 腕組をして思案していたニシシマコン博士は、深く頷いた。


「やってみる価値はあるかもしれないにゃ」


「本当ですか!」


「ただし、それは王様の体力と気力次第にゃよ。あの鬼神と言われたヘーラクレレス様の精神力に掛けてみる気があるのなら、私はやってみるにゃ」


 私と博士はヒュロシ様とマッカリアスちゃんに顔を向けた。二人は一度顔を見合わせてから、しっかりと頷き合う。


 ヒュロシ様が博士に言った。


「分かりました。その方法でお願いします。父の戦士としての魂に掛けてみます」


「分かったにゃ。それでは、すぐに取り掛かるにゃ!」


 ニシシマコン博士は早足で治療室の中に戻っていった。


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