第16話 誹謗

 あれから一週間が経過した。元いた世界なら一か月近くが過ぎたことになるけど、もうこちらの世界の時間に慣れてしまって感覚が分からない。


 とにかく、今はアルクメーデーと二人で王宮病院へと向かっている。ヘーラクレレス王のお見舞いだ。


 昨日の夕刻に帰宅したヒュロシ様は今朝早く戦地へと戻られてしまった。王の臨時代行者というお忙しいお立場の中、久々の御帰宅だというのに、帰宅してすぐに王宮病院に王の見舞いに行き、戻ってきたら疲れてバタン。例の「入水の間」を使わせてもらって、なんとかお風呂に入れて差し上げたけど、湯船の中でウトウトとするほど疲れておられて、お風呂から上がっても、会話もそこそこに、すぐに寝てしまわれた。相当に疲れているみたい。入浴のお蔭で夜はぐっすりと寝られて体力の回復は出来ているみたいだけど、私としては少し不満。でも、わがままは言えないわね、今は踏ん張り時、私がヒュロシ様を支えないと。


 ハイパーワープ式転送装置を使って、気を張った顔で戦場へと向かわれる鎧姿のヒュロシ様をお見送りした直後のことだった。王宮病院からヘーラクレレス王の意識が回復したという連絡があった。私はアルクメーデーと共に馬車へと飛び乗った。


 なんで馬車……。


 広い王宮殿の敷地の中を馬車に揺られて移動していると、武器を携えて移動する近衛兵の一団に出くわした。行く手を阻まれて馬車は急停止する。こちらの馬車に気付いた兵団長が兵士たちに道を開けるよう指示していた。それにしても、何か様子がおかしい。


「何事かしら。随分と殺気立った感じね。みんな槍みたいなものを持ってるし」


「あれはネプチューン式三又銃です。何事かあったのかもしれません。兵団長に事情を訊いてみます。少々お待ちを」


 そう言って、アルクメーデーは馬車から降りると、兵団の方へと走っていった。


 私は馬車の中で彼女を待ちながら周囲を見回していた。


 花壇の向こうにキラキラと光る物がある。何か、巨大なタンポポみたいだ。目を凝らすと、人だった。オネイテマス王子だ。緑のボディコンドレスに白く染めたアフロヘヤー。花壇の近くに立ち、何かを抱えたまま俯いている。


 そういえば、私のすぐ後に彼から出てきたという男の転生者はどうなったのだろう。王様の一大事で、すっかり忘れてしまっていた。もう成長も終わったのだろうか。だとしたら、王宮の外に追い出されてしまったのかもしれないし、その後はどうなったのだろうか。私のように周囲から手厚くサポートされる事もなく放り出されたのだとしたら、相当な苦労をしているはず。何か手助けをしてあげないと……。


 私は馬車から降りて、オネイテマスの方へと駆けていった。


 オネイテマスは沢山の薔薇の花を抱えていた。でも、その薔薇の花はしおれている。私は彼に近寄り、尋ねてみた。


「オネイテマス王子、おはようございます。如何されたのですか、こんな所で」


 大きなアフロヘアーごと頭が回り、彼がこちらを向いた。涙で化粧が流れている。


 オネイテマスは声を裏返した。


「うるさい! あっちに行ってよ! 一人にしてちょうだい!」


 私は花壇の方に目をやった。花壇の中がぐちゃぐちゃに踏み荒らされていた。折れ曲がったり千切れたりしている茎や葉っぱの中に真っ赤な薔薇の花びらが混ざっている。


「どうしてなの。私が何したって言うのよ。こんなの、酷すぎる。あんまりだわ!」


 そう叫んで、オネイテマスは去っていった。


 事態を把握しきれないまま、私が彼の小さくなる背中を見つめていると、そこへアルクメーデーがやって来た。


「あ、アルクメーデー。どうでした? 何か分かりました?」


「はい。近衛兵団長の話によれば、今朝、城内に不審者が侵入したとか」


「不審者が?」


 私は花壇に目を向けた。これもその不審者の仕業だろうか。


「城門のいたるところに、こんな物が貼られていたそうです」


 アルクメーデーは皺くちゃの紙を私に渡した。それには王族を批判する言葉が書きなぐられていた。いや、王族というよりも、オネイテマス王子だ。名指しで、彼の女装癖や男色の事が記載されている。それらは、同性愛や性同一性障害を批判する単語や文章だ。要はヘイトクライムである。


 私はもう一度花壇に目を落としてから、オネイテマスの姿を探した。彼はもう何処かに姿を消していた。


 アルクメーデーが花壇を見つめながら言う。


「ここはオネイテマス様が手入れされていた花壇です。いつも奇麗な薔薇の花で埋められていました。熱心に手入れをされていて、王子様だけでなく私たちの目も楽しませていただいていたのに、いったい誰がこんな酷いことを……」


 私とアルクメーデーは暫くその場に佇んでいた。




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