第12話 酒場と英雄
グテーシッポが私とアルクメーデーを案内したのは、場末の居酒屋だった。予想通りだ。
三人で馬車に乗って王宮殿を出ると、中心街の方へは向かわずに寂れた繁華街の路地へと進み、その奥で馬車を降りた。陰鬱とした路地を徒歩で進み、ようやく辿り着いた先には妓楼を思わせる木造の建物。中に入ると、西部劇に出てきそうな酒場が広がっていた。宇宙空間で戦争している世界なのに、馬車とか木造建築とか、どゆこと?
口を尖らせながら首を傾げつつ店の中を進み、隅の丸テーブルの席に腰を降ろした。店内を見回してみる。
鎧姿の男たちが多い。皆、大きなコップを片手に赤い顔で楽しそうに談笑している。
注文もしていないのに運ばれてきたコップの酒を飲みながら、グテーシッポは言った。
「ここは、この首都アッテナイの掃き溜めだ。どうしようもない連中ばかりが集まっている。俺みたいな連中が」
私は、一度アルクメーデーと視線を合わせてから、彼に尋ねた。
「この人たちは兵士さんたちなのですか?」
「いや、全員がそうとは限らねえが、ま、大半はそうだった連中だな」
「そうだった? 退役兵ということですか?」
鼻で笑ったグテーシッポは、店内の客を顎で指してから言った。
「よく見てみろ。皆、どこかに怪我をしているだろう」
確かに、どの者も脚や腕に包帯を巻いていたり、眼帯をしていたり、杖をついていたりしている。中には機械的な義手や義足、義眼を装着している者もいた。体の半分が何かロボットみたいな状態になっている者もいる。
グテーシッポは続けた。
「退役兵なんて言葉は、今は存在しない。戦時だからな。歳をとろうが何だろうが、使える兵士はとことんまで使う。それが戦争だ」
私はイオラオサンのおじさんの事を思い出した。老躯に鞭打って戦っている姿を目の当たりにしたばかりだ。
コップを置いたグテーシッポは、静かに話を続けた。
「だがな、使えなくなったら知らんふりだ。現場で足手まといになる負傷兵はクズ扱い。皆、上司や同僚に罵倒され、
グテーシッポは人差し指を振る。
私は真顔で尋ねた。
「負傷兵たちに対する補償などは無いのですか?」
「ねえよ。オヤジも、次期王位継承者のヒュロシも、戦争の最前線で陣頭指揮をとることで頭の中はいっぱいさ。時には自分たちが前線に出て戦ったりしている。まあ、兵士たちの士気を上げるためとか、相手の強さとかによっては現場に出て戦う必要があるのかもしれないが、別に放っておけばいいんじゃねえのかねえ、そういうの」
「ヘーラクレレス王もヒュロシ王子も立派な英雄です」
アルクメーデーがそう言い切ると、グテーシッポは彼女を強く指差した。
「そう! たしかに! あの二人は英雄だぜ、英雄。みんなが尊敬する英雄だ。英雄の言う事は正しい。だから、英雄の言う事じゃないと、誰も聞きやしねえ。特に俺みたいな半端者の言う事はな」
そう言って、グテーシッポはアルクメーデーを指差していた腕を肘から外した。義手だ。金属製で機械仕掛け、サイボーグの一部のようで外観からは分からなかった。
義手を装着し直したグテーシッポは続けた。
「ま、俺の腕に気付かなかったとしても、俺は王位継承順位では二番目。しかも、この腕ではまともに働けないと思われている。イオリさんには悪いが、仮にヒュロシに何かあって継承順位が俺に回ってきたとしても、周囲は俺に継承放棄を促すだろうぜ。その証拠に、こいつらの補償の話をしても、誰も俺の言う事に耳を貸さねえ」
グテーシッポは項垂れて再び酒を飲み始める。
私は慎重に尋ねた。
「だから私をここへ?」
グテーシッポはテーブルにもたれて下を向いたまま片笑む。
「違うよ。ここの酒が美味いからだ」
コップの酒に少しだけ口を付けたアルクメーデーが眉を寄せた。くすくすと笑ったグテーシッポは、私に顔を向けた。
「嘘だと思うなら、向こうのカウンターの隅に座っている男に訊いてみな。美食家のユーディース様だ」
覗いてみると、カウンター席に青年が座っていた。遠目にも分かる美青年だ。私のヒュロシ様ほどではないけれど。それよりも、気になるのは、彼は目の前に並べられた豪華な料理を何かで撮影している。あれは何? もしかして、スマホ?
「彼も第七界からの転生者らしいぞ。噂では第七界で生魚を食い過ぎて死んで、こっちに転生したらしいが、男の転生者は、ほら、なあ」
グテーシッポはアルクメーデーの顔を覗いた。アルクメーデーは心得顔で小さく頷く。
「どういうこと?」
私が事情を尋ねると、椅子を寄せてから、アルクメーデーは小声で説明した。
「例の『嫁の素』は王族だけに使用が許された秘薬なのです。王族の子孫繁栄のために、確実に好みの異性と出会える手段として用いられています。なので、ヒュロシ様以外にも、成人に達していれば『嫁の素』をご服用になられているはずなのです。成人されておられるのは全員が男性ですので、男性が生まれてきても結婚できません。ですので、産み落とされた男は王宮殿の外に放棄される決まりです」
「でも、その薬って、たしか……」
「そうです。服用した者の好みの異性を体内に宿す薬です。しかし、男性の好みが女性とは限らないということ、ありますよね」
ああ、LGBTね。そういうこと。
私が空気を飲み込んだようにして頷くと、グテーシッポは言った。
「俺はこの手のせいか、その薬を飲ませてもらっていない。ま、飲めと言われても断るがな」
「ということは……」
アルクメーデーは声を殺して早口で言った。
「グレーテマス様も違うでしょうから、たぶんオネイテマス様ですよ」
昨夜、オネイテマスは転生者を産んだみたいな話をチラリとしていた。そのことか?
「あいつは何人も産んでいるって話だよ。昨日も産んだが、やはり男だったらしい。たぶん、今後は奴にも薬は渡されねえな」
そう言って、グテーシッポは笑いながら酒を飲んだ。
私とほぼ同時にこちらの世界に転生してきた人がいる。私はその人のことが気になった。
「その、昨日産み落とされたという人は、今どこに」
アルクメーデーが困惑顔で答える。
「イオリ様のように、私達と同じサイズまで成長しているとしたら、もう城の外に追い払われているでしょう」
「でも、私って成長速度が普通より速かったのよね。その人はまだ成長しきれていないのでは?」
「たぶん、そうかもしれませんね。それなら、まだ城内に……」
「城に戻りましょう!」
私が立ち上がろうとした時だった、誰かが私の肩を掴んだ。
「よ~、ねえちゃん、可愛いじゃないの。どう? おじさんと一杯やらないかい?」
酔っ払った客が絡んできた。
「やめてください!」
私がその男の手を振り払おうとした時、男の肩にグテーシッポが腕を回した。グテーシッポは男を自分に引き寄せて言った。
「おう、おまえ、何やってんだ? 俺の連れに手を出そうっていうのか?」
「ああん? なんだテメエは?」
男は挑み顔をグテーシッポに向けた。グテーシッポは男のその顔に自分の顔を近づけて言う。
「なんだ、おまえ、俺の顔を知らねえのか」
「知らねえよ、放しやがれ! 俺はこっちの女に……」
グテーシッポの義手を振り払って私の方に腕を伸ばしてきた男の襟を再びグテーシッポの義手が掴んだ。彼は男をそのまま床に引き倒す。
私の前に背を向けて立ったグテーシッポは、床に転がった男に怒鳴った。
「テメエ! 俺の連れに指一本でも触れたら、テメエも、テメエの家も、テメエの家が建っている土地も、すべて焼き払うぞ! 俺を誰だと思っていやがる!」
驚いた顔をして見上げている男の前で、グテーシッポは両腕を広げる。
「俺は誰だ!」
店内にいた客たちが声をそろえて叫んだ。
「グテーシッポ王子!」
「俺は誰だ!」
「グテーシッポ王子!」
その後は店中に王子コールが何度も響いた。まるで熱狂したプロレス会場のようだ。
男は血相を変えて逃げるように店から出ていった。
グテーシッポは満足そうな顔で客たちに言う。
「みんな、すまなかったな。今日は俺の奢りだ。好きなだけ飲んでくれ!」
店の中は一斉に沸き上がった。見ると、ユーディースさんもいなくなっていた。
「イオリ様、そろそろ」
アルクメーデーが私の肘を引く。グテーシッポもアルクメーデーに軽く頷いた。
手を振って歓声に軽く答えたグテーシッポは、私とアルクメーデーを連れて店を後にした。
※※※※
馬車の所まで戻ってきた私たちは、馬車に乗り込もうとした。外は少しだけ暗くなりかけている。戦闘も終了する頃合いだろう。ヒュロシ様も帰ってくるはずだ。急いで城に戻らないと。
私とアルクメーデーが馬車に乗り込むと、外からグテーシッポがドアを閉めようとした。私は彼に尋ねた。
「戻らないのですか?」
「俺の戻る場所は、あの店さ」
「そうですか」
グテーシッポはドアを押した。私はそれを手で止めて、押し返した。
「グテーシッポ様、あなたが酒に溺れていらっしゃる理由はよく分かりました。お辛いのですね。だから、あなたはあの店にいる人たちの気持ちがよく分かる。本当に理解しておられる。だから、あの人たちを見捨てられないのでしょう。あなたは真にお優しい方です。あなたのような方こそ、王宮内であのような方々の救済にご尽力なされるべきではないでしょうか。偏見や妨害もあるのかもしれません。ですが、立ち向かってください。私も加勢します。きっとヒュロシ王子も。だから、戦ってください! 戦場は宇宙だけではありません。地上にも英雄はいるはずです!」
つい熱くなって言ってしまった。
グテーシッポは短く鼻で笑って両肩を上げると、黙ってドアを閉めた。
馬車はゆっくりと走り始めた。
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