第8話 チャンス到来
処置室の中は静まり返っていた。皆、視線を逸らし、気まずそうな顔をしている。イオラオサンのおっさん以外は。
「どうした、みんな。急に静かになって。マッカリアス、顔が真っ赤っかじゃぞ。わっははは」
「おじ様、もうおやめになって」
「その『おじ様』というのは、やめよと言うておるじゃろう。ワシと王子やそなたとは従妹同士なのだぞ」
そうは言っても、マッカリアスちゃんとこうも歳が離れていれば、そう呼ばれても仕方ないでしょ。ていうか、儀式って、結局それなのね。それよりも、この気まずい雰囲気をなんとかしないと。
私は口火を切った。
「あの、その件なのですが、私がいた世界の風習も取り入れていただく訳にはいきませんか?」
ヒュロシ王子がヘルメットごと首を傾げる。
「風習? どんな風習なのですか?」
「私がいた世界では、水ではなく、お湯を使います。温かい湯に浸かりながら、ゆるりとした気持ちで夫婦の想いを互いに伝え合い、幸福な気持ちで永遠の愛を誓うのです。水を張る設備があるのでしたら、できますよね、お風呂」
「おふろ……」
そう呟いたヒュロシ王子の後からマッカリアスちゃんが声を荒げた。
「そんなの却下に決まっているでしょ! 入水の間は『入水の儀』に使う大事な結婚式場なのよ。私が将来誰かと結婚する時にも、その特別な部屋を使わせてもらうの。そんな大切な場所に聖なる水ではなくて、お湯だなんて、どうかしているわ! いったい、何を考えているのよ!」
ヒュロシ王子が掌を突き出した。
「いや、待ってくれ、マッカリアス。おまえの気持ちも分かるが、それはその時に水を入れればいいだけのことではないか。お湯かあ、面白そうだな。どうだ、アルクメーデー、準備はできそうかい?」
再び問われたアルクメーデーは、自信なさそうに答えた。
「た、たぶん。普通のお湯で良ければ数分で入れられると思います」
「そうか、では、そのように取り計らってくれ。イオリさん、他に必要な物はあるかい?」
私はコクリと頷くと、必要な物を彼に伝えた。ヒュロシ王子は怪訝そうな顔で頷いていた。
すると、突然チャイムがなり、天井のスピーカーからアナウンスが流れ始めた。
『みなさん、日没の時刻が近付いています。本日の戦闘は終了です。武器を片付け、定時までに帰宅しましょう』
イオラオサンがマントを外し、腰を叩きながら言った。
「いやあ、疲れた、疲れた。では、王子、お疲れさまでした。今夜の『入水の儀』……いや、『入湯の儀』、しっかりと執り行ってくださいませよ。ウシシシシ」
イオラオサンはほくそ笑みながら、部屋から出ていった。その背中にヒュロシ王子が言葉を投げる。
「お疲れ様。明日もよろしく」
どうなっているの? 戦争中でしょ? 宇宙戦争って定時で終わるというの? どういうこと?
目をパチクリとさせてしまっている私に、アルクメーデーが説明してくれた。
「この星は一定時刻になると超電磁波による宇宙嵐に囲まれるのです。その間、敵のアシックサイ軍は攻撃できません。それどころか、この星の軌道圏から離れないと、自分たちも全滅してしまいます。それで、戦闘が完全に中断するのです」
なるほど、そういう事か。
「どれくらいの間の事なのですか?」
「一晩といったところですが、イオリ様のいらした第七界の時間レベルですと、約三日というところでしょうか」
「そんなに……」
私が驚いたのは、この星の一晩が地球の三日だということだ。その間に新婚夫婦はお風呂に入り、アレやコレやと……ヤバい、時間が十分すぎる!
私は鼻血を吸い上げながら、必死にヒュロシ王子に寄り添っていた。すると、轟音が鳴り響き、大きな振動が建物を揺らした。
マッカリアスちゃんが立ち上がりながら言う。
「お父様がお戻りになられたようね。お兄様、私は一度戻りますわ。お父様は騒がしくて大変ですから」
マッカリアスちゃんは腰をプリプリと振りながら処置室から出ていった。
再び天井のスピーカーから、聞き覚えのある声が響く。
『はい、みなさんーん、王のへーラクレレスでーす。本日もお疲れ様でした。今日もまた暴れまくりましたが、明日もまた頑張りましょう。それでは、しっかりと休息をとり、明日の戦闘に供えて下さーい。また明日! 解散! ガハハハ』
とんでもない王様だ。戦争を何だと思っているのか。
私が鼻を押さえながらヒュロシ王子のマスクを覗くと、彼はコクリと頷いてから言った。
「父上はああいう御人なのです。豪快すぎる……」
そう言うと、ヒュロシ王子は私の手をとり椅子から腰を上げた。
「結婚式の前に食事を取らねば。行きましょう」
私とヒュロシ王子はアルクメーデーを従えて、その処置室を後にした。
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