第7話 その真実、果たして是か非か

 それにしても、さっきの不良兄弟が言っていた「入水の儀」とは何なのかしら。キリスト教で言うところの洗礼式バプテスマみたいなやつ? え、結婚式って、それ? 教会とかで挙げるんじゃないの? 神父さんの前で指輪を交換してチュッとか。きゃ~♡


 顔をほころばせながら処置室に入ると、椅子に座っているヒュロシ王子に出くわした。彼は上半身裸だった。でも、頭にヘルメットとマスクを付けたままだ。体には幾重にも包帯が巻き付けてあり、まるでミイラだ。


「ヒュロシ様、起きていて大丈夫なのですか」


 ヒュロシ王子は(たぶん)笑って手を上げた。


「ははは。大丈夫ですよ。ニシシマコン博士は名医でもありますから」


「お兄様あ~! 早く元気におなりになって~!」


 隣に座っていた真っ赤なドレスの若い女がヒュロシ王子に抱き着く。ヒュロシ王子は(たぶん)痛そうな顔をして、その女をそっと押し退けた。


「イタタ。大丈夫だ、マッカリアス。ニシシマコン博士も今日中に包帯を外してもいいと言っていたじゃないか」


 マッカリアスは真っ赤に腫らした目をハンカチで拭きながら嗚咽を繰り返す。


「ひっく。ひっく。――でも、そうしたら、お兄様はまた戦場に戻られてしまわれるのでしょう? そんなの嫌」


 ヒュロシ王子のヘルメットとマスクが左右に振られた。


「いいや。その前にやらねばならない事がある」


 そして、私の方に手を差し出す。


 え?


 私は戸惑いながら、その包帯でぐるぐる巻きにされた指の上に自分の指をそっと乗せた。すぐに手を掴まれ、そのまま、ぐいと引き寄せられて、ヒュロシ王子に抱きしめられる。


 これは……これは……!


 ヒュロシ王子は私の耳もとでマスク越しに囁いた。


「私の妻になってください。今夜、結婚式を執り行いましょう」


 キターーーーーー! ついに来ましたプロポーズ! 怪我して瀕死の状態で、近々戦場に赴くかもしれないのにのにのにのに、まさかのプロポーズって、これ絶対にマジのやつよね! 心の底からの求婚ですよね! ヒヤシンスの球根は腐っても、この求婚は朽ちることはない! イェス! 人生初のプロポーズ。しかも、王子様から! 壁のポスターのアイドルではない、本物のアイドル「おうじさま」! あああ! 最高! 前世だったら失禁してるう~! 死んじゃったけどお~! 転生先で大逆転! おっしゃああ!


「何をされているのですか……」


 ヒュロシ王子の腕の中でついガッツポーズをしてしまっていた私に彼が尋ねた。


 私は慌てて髪を耳に掛けて声色を変える。


「あのう、私もお、急にい、そんなこと言われてもお、なんかあ、ドキドキしちゃってえ、えっとおー……」


 ヒュロシ王子はマスクの中で溜め息を漏らした。


「そうですよね。急にあんな形で呼び出して、具合も悪くされて、目が覚めて間もないのに、今度は結婚だなんて、どうかしてますよね。すみません、僕が馬鹿でした。もう少しイオリさんが考える時間を与えるべきでした」


「そんな……」


 違う! あなたの気持ちは分かっているの。私も本当は今すぐOKと返事したい。でも、でもでもでも、そんなの関係……違う! でも、少しだけ私にも女のプライドを保たせて。ほんの少しだけ、あなたの優しさに甘えていたいの!


「ちょっと、あなた。イオリさんでしたっけ。お兄ちゃんは明日戦場で死んでしまうかもしれないのよ。それでプロポーズする気持ちが分かってる? どうしてそんなふざけたこと言えるのよ!」


 マッカリアス姫に言われて私はハッとした。そうなのだ。この人は、ヒュロシ王子は死を覚悟していながら、私にプロポーズしてくれたのに、私は一人で浮かれて、なんてことを……。


「すみませんでした。私、王子のお気持ちも考えずに、何て失礼な態度を……え?」


 また、ヒュロシ王子に抱きしめられた。


「嗚呼、なんて素直で可愛い人なんだろう。ありがとう、僕から生まれてきてくれて」


 お願いだから、その事は思い出させないで。


「やっぱり、結婚はしたい。駄目ですか、イオリさん」


 私はコクリと頷いた。


「それは、結婚を受け入れてくれるという事ですよね」


「はい……」


 言ってしまった。顔を見たことも無い人からのプロポーズに応じてしまった。


「ありがとう。アルクメーデー、すぐに式の準備をしてくれ。マッカリアス、弟たちに連絡を頼む。父上と母上には僕から話をする」


「ちょっとお待ちください」


「ん? どうしたのイオリさん。やっぱり、まだ決心が……」


「いえ、そうではないのです。その結婚式の件ですが、それは『入水の儀』という儀式なのですよね。それは、どういった儀式なのですか?」


 すると、拍手の音が聞こえてきた。振り返ると、さっき屋上に着地したマントのチョイワルおじさんが立っていた。彼は拍手を終えてから言う。


「おめでとうございます、王子様。よかったですなあ」


「おお、イオラオサン! そなたも城に戻っていたのか。どうだ、怪我はないか」


「いえ、大丈夫です。経験が違いますから」


「ほう。さすがは『チャリオッツの悪魔』と銀河に名を轟かした戦士だ。頼もしいぞ」


 王子にそう言われて、イオラオサンは頭を掻きながら首を横に振った。


「いやいや、それは昔の話でございます。今はもう、この歳。先ほども、城内に進入しようとした敵機を討ち損じました。どうも、昔のようにはいかないようですな」


 そう言って顎髭をポリポリと掻くと、その手でポンと額を叩いて言った。


「そうそう、『入水の儀』でございましたな。それについては、まだ説明していなかったのか、アルクメーデー」


 顔を向けられたアルクメーデーは、頬を赤く染めて下を向く。


「女の私からは、ちょっと……」


 え? どういうこと? 何か、恥ずかしい行事なの? まさか、また肛門通過とか……。


「わははは。そうか。ならば、ワシから話そう」


 と、イオラオサンは説明を始めた。


「つまりな、大きな入れ物に水を張って、その中に、結婚する二人が入るのじゃよ。すっぽんぽんで。そして、アレで、コレして、アレをコレするのだ。ゴホン。詳細は転生者でも分かるであろう」


 ああー……はあ? つまり、その、そういうこと? 水の中で新婚初夜のそういう事を……ってことでしょ!


 はあ?



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