第6話 これが世の現実か
その後、ヒュロシ王子は医務室へと運ばれた。当然、私も同行したが、処置室らしき部屋のドアの前で衛兵らしき武装兵士に止められ、中に入ることはできなかった。
この星のしきたりなのかしら。へんな世界よねえ。一緒に中に入れてくれてもいいじゃない。心配だっちゅうの!
前屈みになり、伸ばした腕で少しだけ胸を寄せてみる。
ドアの左右に立つ二人の衛兵は無表情だった。
私は姿勢を戻し、踵を返す。
だいたい、兵士っていっても、見た目は中世の騎士じゃないのよ。本当に宇宙で戦っているのかしら。このお城だって、どうみても中世ヨーロッパ風だし、さっき見た部分は円柱の形とかギリシャ風ぽかったけど、なんっか、近未来とか宇宙的な感じがしないのよねえ。
この窓だって、窓枠の穴だけで、ガラスがはめられていないじゃない。どっちが遅れているのよ。これのどこが宇宙戦争する世界のお城なんですかねえ。それに、ここから見えるのは、普通の西洋風の城下町なんですけど。なんなら、観光都市ですかってくらい平和そうにしているのですがねえ~。どこが、宇宙戦争中なんでしょうか。
首を傾げている私にアルクメーデーが声を掛けた。
「その窓から見えている景色は作り物の映像です。今、通常モードに切り替えますので、御覧になってください」
アルクメーデーは自分の左手首のブレスレッドに触れた。それと同時に、四角い窓穴の向こうの景色が変わる。
「何かはめてあったの? 透明過ぎて分からな……」
その窓から見える景色に私は絶句した。茜色に輝く空に浮かぶ薄雲の向こうに、巨大な衛星が二つ浮いている。どちらも、日本で見る月よりも遥かに大きい。しかも、その前を何かが飛び交っている。ここからは小さな虫のように見えるが、あの高さなら、実物はかなり巨大な物だ。UFOみたいな物だろうか。時折、空に向かって光線を放ったりしている。雲を切り裂いて何かがこちらに飛んできた。戦闘機? 違う、巨大なトンボのような形だ。ていうか、ほぼトンボだ。羽根を羽ばたかせて急旋回すると同時に、何か口の所から発射している。でも、その弾丸のような物は全て空中で弾き返された。何かバリアーのようなものでこの城は守られているようだ。その巨大トンボを追うように何かが飛んできた。大きめのスノーモービルのような乗り物だ。乗っている者は風にマントをなびかせている。ん? あの人は、さっきヒュロシ王子と一緒にいたおじさんだ。渋めのチョイワルおじさんは頭上でクルクルと槍のような物を回すと、その角度をピタリと止めて、槍の先端から稲妻を放った。稲妻は巨大トンボ目掛けて飛んでいったが、ぎりぎりのところで避けられてしまう。その巨大トンボは雲間へと消えていった。それを見たチョイワルおじさんは、肩を落として操縦グリップを握ると、そのまま旋回して城の上に着地した。
画像が変わり、また静かな外の動画に戻る。
「城の中にいる
私は、そう説明したアルクメーデーの顔を一度見てから、振り返り、処置室のドアに目を向けた。
「ヒュロシ王子って、お優しいのですね」
隣に来たアルクメーデーは頷く。
「はい。他にも、いざという時に民が逃げるためのシェルターを、都市の至る所に建造しておられます。この城の中にも避難シェルターを作るようお命じになられました。民思いの本当にお優しい方です」
「甘いんだよ、兄貴は」
「あんなものを作るくらいなら、私のドレスを作った方がマシなのよ。城の中も狭くなるし、あ~嫌だ嫌だ」
声の方を見ると、二人が立っていた。一人は長身でやせ型。タバコみたいなものを口に咥えている。首にはいくつものネックレス。もう一人は……ドラッグクイーンみたいな感じだ。やはり長身で筋肉質、でも、アフロヘヤーにスパンコールのミニスカドレス、白いフワフワの襟巻を肩に乗せている。脚は網タイツにブーツだ。
アルクメーデーが私に言った。
「グレーテマス様とオネイテマス様です。
「弟さん?」
聞き返した私に、アルクメーデーは小声で付け足した。
「気を付けて」
長身の不良風の男は、タバコを床に放り捨てると、軽く名乗ってから私を指差した。
「俺はグレーテマス様だ。あんた、兄貴の婚約者だろ。第七界から転生したとかいう。あの兄貴のケツの穴を通ってくるなんて、とんだ災難だったな。ケケケケ。こっちのオネイテマスのケツなら通りやすかっただろうに。ケケケケ」
「あら、やだ、お兄ちゃんたら。私が『嫁の素』を飲んでも、お尻の穴からは男しか出てこないって、昨日はっきりしたじゃない」
「ケケッ。違いねえ」
ヒュロシ王子とは違って、随分と下品な男たちだ。
視線を投げた私にアルクメーデーが何かを言おうとすると、グレーテマスが口を挿んだ。
「ところで、ねえちゃん。あんた、兄貴との結婚式はもう済ませたのか?」
「結婚式?」
「あら嫌だ。第七界から来た人間は、そんなことも知らないのかしら。嫌ねえ。入水の儀よ。二人っきりでちゃぷちゃぷ、ちゃぷちゃぷ」
オネイテマスが私をからかうように舞ってみせる。
「ま、宮中のしきたりは複雑怪奇だ。その女にしっかり教えてもらいなよ、おねえちゃん」
アルクメーデーを顎で指して、グレーテマスは処置室の方へと歩いていった。オネイテマスが私の方に挑発的に手を振ってから、彼の後に続く。
アルクメーデーは二人の王子の背中を睨みながら、小声で私に言った。
「ヒュロシ王子様の腹違いの御兄弟なのです。もう一人、グテーシッポという方がおられますが、その方も彼らとあまり変わりはありません。皆、どうしようもない方々です」
すると、廊下の途中で立ち止まったグレーテマスが振り返って大きな声で言った。
「まだ結婚式を済ませてないということは、あんたは只の平民だからな。いや、第七界からの転生者なら平民以下か。城を出たら袋叩きにされちまう。だから、兄貴が死なないよう祈っておくんだな。ケケケ」
肩を丸めて笑うグレーテマスの背後で処置室のドアが開き、中から白衣姿の小柄な中年女が出てきた。その女は白衣の左右のポケットに手を入れたままこちらに歩いてくると、グレーテマスとすれ違い様に言った。
「兄上は元気になられたにゃよ。何か問題でもあるかにゃ?(著作権フリー)」
「チッ」
舌打ちしたグレーテマスは、その女を一睨みすると、オネイテマスと共に角を曲がり、処置室に入っていくことはなかった。その処置室の中から若い女の泣き声が聞こえる。
「お兄さまあ~。はやく元気になってえ~」
それを聞いて、白衣の女は頭を掻きながら言った。
「いつまで泣いてるにゃよ。あんたのせいで処置に時間がかかったにゃよ、まったく……」
アルクメーデーが私に言った。
「あれはヒュロシ王子の実の妹にあたられるマッカリアス姫様の声です。相変わらず大げさな……」
処置室の中でマッカリアスが泣き叫ぶ声は、ここまで届いている。
それを聞いていた白衣の女は強く溜息を吐いてから、こちらへと歩いてきた。
アルクメーデーが女に頭を下げる。
「ニシシマコン博士、ありがとうございました」
「ん。仕事にゃよ、仕事。うんうん」
顔の横で手をパタパタと振りながら、ニシシマコンという女は頷いていた。どこかで聞いたような……ああ、あの薬の!
「にゃ。あんたが転生者かにゃ。『嫁の素』を最後に使ったのはいつにゃ」
アルクメーデーが答えた。
「最後に振りかけたのは、約三十六時間前です」
「ん。それなら、もう大丈夫にゃ。もう、中に入ってもいいにゃ」
「あ、ありがとうございました」
と、私は意味も分からず頭を下げた。
ニシシマコン博士はニコリと微笑むと、「お疲れにゃ」と手を上げてから去っていった。
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