第5話 フォーリンラブ

 私は頭の中でいろいろと整理していた。小説を書く事で培った構成力を駆使して、断片的な情報を繋ぎ合わせていく。


 私は嫁としてこの世界に転生してきた。そして、その配偶者の腸内に出現し、その配偶者の肛門を通過して、今ここにいる。では、その配偶者はどこに? この星の王子様でしょ。ていう事は、私はプリンセスってことよね。


 キターーーーーーわたし! 転生のされ方はアレだけど、これは絶対に来てる! 今後はバラ色の人生じゃないのよ。きゃー♡


「どうされたのですか。下の歯も下唇も前に出されて……」


 何とかメーデーが冷たく問いかけてきた。


 私は慌てて冷静を繕い、咳払いをしてから彼女に言った。


「ゴホン。ええと、スワルメーデーさん……」


「アルクメーデーです。わざとやってるだろ、てめえ。――いや、失礼しました。如何なさいましたか」


「あ、うん。ねえ、アルクメーデーさん、さっきの話だと、私は婚約者ってことなのよね」


「はい。然様さようでございます」


「お相手の方、たしか、ヒュロシ様だったかしら、その王子様はどちらに。私、まだちゃんとしたご挨拶もしていないし、お顔も拝見していないので……」


 アルクメーデーは目を伏せた。


「ヒュロシ王子は、先ほど前線に向かわれました」


「前線……どういうこと?」


「先ほど、王子様は鎧とヘルメットを装着されていましたよね。あれは戦闘装備なのです。ヒュロシ王子があなた様を無事に産み落とされた後、それに立ち会われたヘーラクレレス王は急いで最前線基地に戻られました。あなた様の洗浄が済んで、順調に成長していることを確認されたヒュロシ王子も、御父上の後を追って最前線に……」


 ただの脱糞だろうが! 出産みたいに言うな。出産をナメてるのか。


 少しムッとした顔で訊いてみる。


「戦争をしているのですか?」


 アルクメーデーは静かに頷いた。


「はい。ですが、これは私たちが始めた戦争ではありません。正確に言えば防衛戦です。この星を侵略しようとしている相手と戦っているのです」


「その相手というのは」


「遠い銀河の体育会系星団の首都恒星アシックサイ星の軍隊です。それを率いているのは、宇宙一悪名が高い皇帝ユウリュデウス。我らがヘーラクレレス王は、その暴君を倒すために、今も宇宙空間で戦っておられるのです」


 なんか、話しがデカくて見えね~。  


「私も婚約者だった人を戦場で失いました。この戦いには負けてほしくありません……」


 エプロンのポケットから取り出したハンカチで涙を拭うアルクメーデー。でも、それはハンカチじゃなくて、私に貼られていた冷えピ……。


「かつて銀河一の暴れん坊と言われたヘーラクレレス王は大奮闘されておられます。しかし、王もご高齢であられます。王にもしものことがあれば、ヒュロシ王子が直ちに王位に就かねばなりません。その際には王妃もいなければならない決まりなのです。ですからヒュロシ王子はあなた様を……」


「ちょっと待って。じゃあ、なに、私はこの宇宙戦争の政治的な保険みたいな感じで呼ばれて、肛門通過させられたわけ?」


「いいえ、決してそのような訳では……」


「でも、そうよね。別に私に会いたくて仕方ないから私を呼び出したんじゃなくて、自分が王位に就く時に必要だから念のために呼んでおくか、みたいな感じよね。何よ、それ。私は合コンの数合わせの人と同じじゃないのよ」


「ごうこん……とは……」


「とにかく、結婚は二人の同意の下に行われるのが、どこの世界でも常識でしょ。こちらの世界がそんなに進んでいるなら、私の言っていることは分かるわよね。そんな愛の無い結婚なんて私は承諾しませんからね。だいたい、フィアンセに自分の肛門を通過させる男なんて……」


「そんな事はない。私は……あなたに会いたかった。この戦争で死んでしまうかもしれないから。だから、私はあなたを呼んだのです」


 疲れたような声と引きずるような足音に私が振り返ると、鎧の男が立っていた。というよりも、足下がふらついている。


「ヒュロシ王子!」


 駆け寄ったアルクメーデーが彼を支えた。


 ヒュロシ王子の防具は、ヘルメットもマスクも鎧も傷だらけだった。関節部分からは薄っすらと白煙が昇り、杖の代わりにしている長剣も刃こぼれが著しい。


 息を切らしながら、彼は言った。


「貴方のことが心配で、戦場から一旦もどってきました。ご回復されたようで……、よかった……」


 ヒュロシ王子は床に膝をついて崩れた。思わず私も駆け寄り、アルクメーデーと共に、鎧姿の重い彼を支える。


「どうして。どうして、わざわざ……」


 ヒュロシ王子はマスクで覆われた顔を私に向けて言った。


「ただ心配だったのです。それに、私はまだ、貴方のお名前を聞いていない。愛する人の名も知らないまま死んでいくのは悔やまれます。せめて名前を聞きたいと……」


「そんなこと、誰かに頼むとか、何かの通信機を使って訊いてもらえれば……」


「貴方の口から、貴方の声で直接教えてもらいたかったのです。だって、私にとって貴方は宇宙で唯一無二の人なのですから」


 ガビーン。やられた。今のは完全に撃ち抜かれました。はい、ときめいちゃいましたあ!


伊織いおりです。私の名前は伊織です!」


 苗字なんて、もう必要ないわ。私のために、宇宙の果ての戦場からわざわざ駆けつけてくれた人。こんなに負傷しながらも。この人がもしもブサイクだったとしても私は気にしない。私はあなたの伊織。あなただけの伊織よ!


「イオリさん……素敵な名だ。これでようやく……プロポーズが……出来る……」


 ヒュロシ王子はその場に倒れた。私はヘルメットとマスクで覆われた彼の頭をずっと抱きしめていた。



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