第4話 風呂が無い!
再び瞼を上げた。絵が見える。壁画かしら。まるでギリシャ神話のような衣装で様々なポーズをとる人物に重ねて星座のような模様が描かれている。
横に寝かされていることに気付いた私は、その絵が天井に描かれたものだと分かった。もしかして、ここは天上界?
いや、ダジャレを言っている場合ではない。
起き上がり、違和感を覚えた額に手を当てる。何かが貼られていた。剥がして見ていると、ジェル状の物が塗られた帯状の布のような物だった。
「冷えピ……」
反射的に大人の都合を思い浮かべ、商品名を口にするのを止める。
おかしい。天上界に冷えピ……。
「やっとお目覚めになられましたか」
声のする方に顔を向けると、さっきの女が立っていた。
「あなたは、たしかハシル……」
「アルクメーデーです」
彼女は冷たく言い放った。彼女もドレスのような衣装を着ているが、その生地に私が着ているドレスのような光沢は無い。エプロンのような物も付けている。
彼女は私の手から冷えピ……を受け取ると、それをエプロンのポケットに仕舞いながら言った。
「なかなかお目覚めになられないので心配しました。成長も止まったようですから、もう安心です」
「成長が止まった……?」
「第七界から来た人間は我々よりも小さいので、元の世界に居た頃の比率で体を大きく成長させる必要があるのです」
「巨大化させられたの? あなたたち巨人なの?」
「こちらの世界では普通です。ヘーラクレレス王は巨体でいらっしゃいますけど」
その名を聞いて、私は思わず天井を見た。この名前……。
ハッとして、私は再び何とかという名の女に尋ねた。人の名前を覚えるのは苦手だ。
「ハルクホーガンさん!」
「アルクメーデーです」
「あ、アルクメーデーさん! もしかして、ここって、ギリシャ神話の世界なのですか?」
アルクメーデーは首を横に振った。
「いいえ。あなたがいた第七界では、そのような形で一部が語り継がれているという話は聞いたことがあります。ですが、ここは神話の世界ではありません」
「じゃあ、ここ、どこなのよ!」
私は少しだけ
アルクメーデーは一拍空けて頷いて見せてから言う。
「ここはあなたがいた世界とは別次元の世界で、その宇宙の文科系大星団の中、オリンポポス星です。この建物は、首都アッテナイにある王宮殿」
あう、あう、あう……う、宇宙の果て……。
「きっと、あなたは元いた世界で亡くなったのでしょう。それと同時にこちらの世界に転生してこられたのです」
「てんせい……」
知っている。転生。私がよく小説で使う設定だ。でも、そんなこと現実には……。
「では、私は魔法か何かで、こちらの世界に召喚されたという事ですか?」
「魔法ではありません。科学です」
「科学?」
「この星の偉大な科学者ニシシマコン博士が調合し蘇らせた古代の秘薬『
何だ、そのネーミング。調味料か。それに、呼び寄せるって、私は全く呼ばれてないのですが。お風呂に入ろうとしたら爆弾で吹き飛ばされて……。
「その相手の人は、『嫁の素』を飲んだ人間の体内に宿ります。飲んだ人間が女性なら、その者の子宮に。男性なら……」
言葉を詰まらせた何とかメーデーは顔を両手で覆った。
「カケルメーデーさん……」
「アルクメーデーです。男性には子宮が無いので、腸内に宿ることになります。そして、その……つまり……」
私は顔から血の気が引いていくのを感じた。あの締め付けるような感覚の正体は……。
「大丈夫です。ヒュロシ王子は綺麗好きであられますので、いつも丁寧に拭いておられるはず……ウプッ」
「風呂は! 今すぐ風呂に入らせて下さい!」
「ふろ?」
「お風呂よ! 王子様だか何だか知らないけど、私はその人の肛門を通過してきたのよ! もう一度納得いくまで体を洗いたいの! お風呂はどこ!」
「おふろ……とは、いったい何でございましょう」
「風呂よ、風呂! 浴室! バッスルウ~ム! 体の汚れを洗い流す所!」
「体の汚れ? あちらの世界では、まだお体が汚れるのですか?」
ワット? 何を言ってんのよ、この子は。女同士なのに分かんないの?
「第七界は一番遅れているとは聞いていましたが、そんなに不衛生なのですか。それは大変でしたでしょう。お気の毒に」
一番遅れている? どういう事よ。この世界の技術はそんなに進んでいるの? 普通は逆でしょ? 転生したら科学技術は中世くらいのレベルで止まっている世界に移転するのがパターンじゃない。
「でも、もうご安心ください。体が大きくなる前に、トイレ掃除にも使える完全洗浄剤『アマクニン』で全身を奇麗に洗って差し上げましたから。これでもう、一生、その御身にバイ菌や汚れが付着することはありません」
「い、一生?」
「はい。今の時代、私たちの体が汚れるという事態はあり得ません。ですから、体を洗うという無駄な習慣が我々には無いのです。他の星の野生種のような体臭もしませんし、服も汚れません」
「……」
私は自分の体を臭ってみた。確かに臭くない。服も何も臭わない。
「髪の毛は王宮殿御用達の最高級リンス『ニワトリン』を使いましたので、数年はしっとりツルンツルンの状態がキープできるはずです」
ほんとだ。毛先までなめらか……って納得するか!
「とにかく、どこか体を洗うところは無いの?」
「ありませんね。体が小さいうちは、バケツの中で洗う事も出来ましたが、このサイズになられたら、もう……。そんな施設はどこにもありませんね」
な、なんですと……。
風呂が……無い
無い
無い……
私は茫然とその場に立ち尽くした。
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