〈王国記5〉 入団初日 午後

 城壁内には、いくつもの施設がある。中央に位置する本城、広大な東訓練場、いくつもの平屋が乱立する宮廷魔術師の研究施設、角ばった外観の傭兵部隊第一支部、政を執り行う議場。瞳をどこに向けても、壮麗という言葉がぴたりとあてはまる空間。教科書に載っていた憧れの景色を目の前に、足を止めないというのは、私にとっては至難の業だった。エナに何度もつつかれ、泣く泣く足を進めた。


 一番楽しみにしていた城内見学は、たった数分で終了した。というか、実際には城内見学ではなく、城「外」見学だった。門扉の前まで進み、この先は王族の居住地であるほか、各セクションの本部が集約されていることを聴かされ、中に立ち入るには、ある程度の階級が必要になると説明されて終わりだった。各部隊の本部、そして階級。私がこのお城の中に入るには、本部が求める人材になる必要があるということだ。つまりは、最低でも傭兵部隊長以上の役職になることが不可欠。途方もない話だった。


 他にも、ほとんどの施設は、限られた人間しか内部に入れない決まりがあった。研究施設はお抱えの魔術師しか入れないし、円形議場は政を執り行う人間しか入れない。東訓練場も、私たち騎士以外は立ち入れない場所だと聞かされた。中には、通路に踏み入ることさえも禁じられた、厳粛なエリアもあった。


「意外と味気なかったね」

 再び東訓練場に戻ってきて、小休憩に入るなり、近づいてきたエナがこぼした。

「もっと中のぞけるのかと思ってた」


 太陽は中天を回ったが、地面から照り返した熱気が最高潮に達し、一日の中で一番熱い時刻だった。いつの間にか左隣にいたカルムが私の頭ごしに答える。


「王城に一般兵を入れないのは当たり前のことだし、戦闘員が研究施設に入ったって何の益にもならないんだから、こんなものだよ。俺らは訓練場と自宅を往復してればいいんだって」

「アンナ、ちゃんとナイフ携帯してる? 次、模擬戦闘訓練なんだから、武器どっかに忘れてきたとかはやめてよね」


 カルムをガン無視して話を切り替えるエナ。申し訳ないが、今日知り合ったばかりの同僚よりは、長年過ごしてきた親友をとりたい。

 持ってる持ってる、と腰のポーチをたたいて、エナのほうに反応した。


「二人は就任式の日に、どうしてわざわざ模擬訓練するか、知ってる?」

「日差し強くない? あっちの影で休もう」

 方向転換した話題に、めげずにとびのってくるカルムを、強固な姿勢で退けるエナ。右手を強くひかれ、身体が少し傾く。

「知らない。なんで?」

 同僚よりは親友をとりたい。だが、休憩よりは新情報をとりたい私だった。足を踏ん張る。右手に加わっていた力が弱まり、実は甘えんぼうな友人が地味にショックを受けているのが伝わってくる。カルムはどこか勝ち誇ったように顎をあげた。


「新兵の配属先をいち早く決定するためらしいよ」


 エナと顔を見合わせる。動揺が私たちの間に広がった。


「それって、この後の訓練の成績如何で、自分がどの部隊に就くかが決まるってこと?」


 あっさりと意地を捨てたエナが、カルムに尋ねた。自分の言葉が田舎者二人にここまで影響を与えると思っていなかったのか、それともエナの弱弱しい態度にたじろいだのか、カルムは、あくまでうわさだけどね、とごまかすように言葉を付け加えた。


 顔を見合わせる。見計らったかのように、招集の号令がかかる。

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