〈王国記6〉 入団初日 午後2

 新兵同士の対人模擬戦闘訓練。

 

 それが午後の訓練の具体的な内容だった。


 既に訓練場の中央部には縄が張られ、大きい家屋が四つは入りそうな四角い空間ができあがっている。遮蔽物はまるでなしの、シンプルな戦場だ。


 下辺には新兵が整列。右辺には教育隊員が横並びに場と向かい合い、手元の用紙とにらめっこしている。左辺には明らかに上官と思われる人々が数名、布張りの日差し除けの下で談笑している。上辺には、簡素な物見やぐらが組みあがっており、王女様が座している。傍らには一人の騎士が控えていた。もしや王国守護十二部隊の一人ではないかと目をこらす。目がいいのが自慢だが、さすがに襟章はここからでは確認することができない。


「レイア王女も見学されるのか。もしかして王女の意見も何かしら反映されるのかな」

「珍しいことなの?」

「ふつうはこんな場に王族が出てこないでしょ。……そう考えると、単に物珍しさから見に来てるだけかもな」

「ただの見学でこんなに大仰にされるなんて窮屈そう。あの、隣に控えている人ってもしかして王国守護十二部隊の人?」

「え? さあ、わからないな。ここからだとよく見えない」

「遠見鏡とか持ってない?」

「二人とも静かにして」

 ひそひそ声で話していた私とカルムに、エナの鋭い注意が差し込まれる。本気でいらだっているようだったので、ごめんと小さく謝った。エナに限らず、自分の出番を待つ新兵たちはみな一様に興奮を抑えていて、つついただけでも本気で怒りだしそうな危うさがある。


「1番、2番、場へ」


 呼び出された二名が、隊列から離れ、駆け足で縄のそばまで移動した。二人の教育隊員が、駆け寄り、それぞれの新兵の輪郭をなぞるように手を動かしていく。


 空気魔法で、皮膚の外側に一枚、膜を張るのだと説明されていた。透明な鎧のようなもので、防御性は低く、一定の衝撃が加わるとほつれるようになっている。どちらかの膜がはがれたら訓練は終了とのことだった。


 膜はどの程度の耐久性なのかと質問した新兵に対して、上官は、人の皮と同等だと答えた。つまりは、相手に切り傷かあざができるくらいの攻撃を加えれば、もしくは自分が加えられたら、訓練は終了する。


 教育隊員が身体をなぞりおわり、所定の位置に戻っていく。遠目から見た限りでは、特に魔法を施されたようには見えず、頼りない。新兵二人も同様なのか、こわごわといった様子で自分の身体を触っている。心の準備をする暇もないまま、号令がかかり、二名は慌てた様子で縄をまたいだ。


「開始」


 所定の位置につくなりあっさりと合図があり、場内の二人は顔を見合わせた。訓練場は静まり返り、しばらくそのまま向かい合う形となる。

 数秒たち、本当に始まったのか不安に思ったのか、1番が首を回して合図を出した教育隊員をちらと見た。特に反応もなかったが、上官が手元の用紙にペンを走らせたのがこちらからも見えた。焦った様子の1番が、口を開く。


 その期を待ち構えていたのか、2番が踏み出した。一気に駆け寄り、距離を詰める。1番は、慌てて詠唱をやめ、武器を取り出そうとしたが、その時にはもう2番の短刀が胴を薙いでいた。


 ぱんっ、と想像していたよりも乾いた音が鳴り、おそらく膜が破けたのであろうことが察せられる。右も左も、今がどういう状態かが分からないようで、窺うように教育隊員のほうを見た。上官が手元の紙に目を落としたまま蚊をはらうような所作で右手を振った。どうやら一回目の対人戦闘は終了したらしい。


「うわ、あっさり」

 納得しないまま場外に出る両者を見ながら漏らすと、カルムも小さくうなった。

「でも、今ので明らかに2番のほうが優秀だっていうのはわかったでしょ」

「……」

 わからなかったのでとりあえず場内に目を向けたまま黙っておいた。

 カルムが眉をあげる。彼が口を開こうとしたところで、左隣から小声で横槍が入った。


「1番は開始の合図があったにも関わらず、相手から目を逸らした。しかも、緊張してたからか知らないけど、最初の行動が上級魔法の詠唱。多分、元素火の中距離攻撃。狭いフィールドで使う魔法じゃないし、詠唱中に武器を構えもしなかった。懐に入られた後も、とろうとしたのは回避行動じゃなく応戦行動。一つ一つの判断を全部間違えてる」


 カルムに得意げにマウントをとられることを嫌ったエナの、高速解説だった。1番も、これくらいの速度で詠唱できていれば、あるいは勝機があったかもしれない。


「……私も、そう思ってた」


 深刻そうな顔でうなずくことでカルムの目は誤魔化せたが、エナからは湿った視線を感じる。


「1番は多分、隊列組むような戦いが得意なんだろうね。兵学科の終盤で習うのはむしろそっちのほうだし、最後に習った戦い方が身体に残っちゃってたのかもしれないな」


 カルムがしゃべっているうちにも順番は進んでいく。次に呼ばれたのは5番と78番だった。どうやら番号順に呼ばれるわけでもないようだ。

 一度見本が示されて、みんな勝手を把握したからか、今度の試合はある程度続いた。

 水魔法と火魔法の応酬があり、次第に両者の距離が縮まって、最後は78番のこぶしが5番の胸を打って終了。


「あいつ、やっぱり刃物の扱いが下手だ」


 見入っていたら隣でカルムがつぶやいたので、顔を向ける。


「5番のこと。同じ中央卒なんだけど、いまだにノールックで剣抜けないんだなと思って。今もそれで手間取ってとどめ刺されてたし」

「友達?」

 尋ねると、カルムは苦笑いをした。

「いや、ただの同卒」

「ほんと? それにしてはずいぶん詳しくない?」

 カルムが虚を突かれたような顔をする。しばらく答えを考えた後「人の戦い方見るの好きなんだよ」と返してきた。

「中央卒の騎士の動き方は、だいたい頭に入ってる。だから、今回の模擬戦も、そいつらとあたるとありがたいんだけどね」

 私なんて、自分の魔法を戦闘に組み込むので精一杯なのに。他の人に目を配る余裕があるとは。

「地方の人たちの戦い方にも興味はあるけど、それは配属決まってしばらくしてから知れればいいかな。でも、アンナさんの魔法とか、聞いたこともなかったから、すごく気になってる」

「ほんとに大したものじゃありません……」


 謙遜でもない、正直な返答をした。この後の訓練を見られて、がっかりされてはたまらない。卒業試験の醜態を思い出し、身震いする。

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