2001年5月7日 夜

 雑誌編集者が選んだドライバーと、地元の走り屋が競い合う。

 そんな漫画のような話が現実となったのは、スポーツカーの売り上げが伸び悩んでいる自動車企業と、それに引きずられるように発行部数が低迷していくスポーツカー中心の雑誌社が、事態を打破するために手を組んだ為と言われている。

 実際、走り屋を題材とした大ヒット漫画の影響もあり、この目論見はそれなりの効果を発揮していた。

 関東から始まり、北海道に北上し、その後関西にまで遠征してレース勝負をするのだ。

 走り屋たちからはもちろんのこと、普段はさほど車に興味のない者まで見学に来ることが多くなり、若干ながらも雑誌の売れ行きは回復しているという。

 そして多くの走り屋たちの心を魅了したのは、対戦相手であった。

 雑誌編集者が選んだドライバー達は、実は自動車メーカーでテストドライバーをしているようなプロであったり、ドリフトの競技に出るような猛者たちである。もし万が一、走り屋が勝つような事があれば、自動車メーカーにテストドライバーとして推薦してくれるとの約束を、この企画は掲げていた。

 ――プロに勝つことが出来れば、あるいは自分もプロになれるかもしれない。

 その野心が、走り屋たちの心に火を付けた。

 函館の前にも幾つもの激戦があった。

 走りの聖地である箱根では、一進一退の戦いを繰り広げ、辛くも雑誌社チームが勝利を収めたものの、公道には不世出のドライバーがいる事を知らしめた。

 雑誌社のチームは圧倒的な勝利ではなく、薄氷を踏むような思いで、だが一度も破れずに函館までやってきた。

 今まで不敗で通してきたチームに、函館のチームが挑む。これは函館だけではなく、北海道全体のレベルを量る上でも、重要な対戦だと言えた。

「さすがに緊張してきたね」

 函館チームのリーダーである相川が、おどけながら言った。

 いつもは静寂に包まれている大沼の白鳥駅公園前は、何時になく人気が多い。車だけでも函館のチームから5台、雑誌社からも5台、そしてエキシビジョンマッチ用にランサーエボリューションⅦが待機している。

 他には雑誌社が写真や映像を取るためにカメラをスタートラインに設置し、照明もあちこちに設置されてある。聞けば半周コースの折り返し地点にも、同じようにカメラや照明が置いてあるという。

 またギャラリーのために、白鳥駅公園の一つ前の駅である大沼駅前にも、モニターを用意し、観戦出来る用意が出来ていた。

「じゃ、俺、折り返し地点で見学するわ。シュン頑張れよ」

 ショウはそう行って金髪頭を揺らしながら車に乗り、奥へ走って行ってしまった。

 チームリーダーとして現場に残っていた相川が、俊介に近づいた。いつも余裕のある笑顔が少し引きつっていた。

「緊張するよねぇ。シュンはどうだい?」

「俺ですか」

 相川に問われて、俊介は答えをうまく返せなかった。実際に緊張はしている。相手はプロのレーサーなんだから勝てないのだと、心のどこかで薄々思っている。だが、

「うまく言えないんですけど、俺の勝負ってヒロシがメインだと思ってますから。プロのレーサーが相手の時は胸を借りるつもりでやりますよ」

「出来ればプロ相手に一つでも白星取りたいところだな」

「相川さん、意外とやる気満々ですね」

「そりゃあ、こんな大舞台、一生モンだから勝ちに行きたいよ」

 言いながら相川は腕時計を見た。時間はまだ21時だ。レースは午前22時を過ぎて一般車の交通がなくなったところを見計らってから開催される。

「この待ち時間って結構、胃にくるなぁ」

 腹部を抑えながら相川がボヤく。その顔を、サッとライトが照らしだした。

 カメラを構えた人がこちらにレンズを迎えてくる。

 DVDで何度も見たことがあるレース立会人――この企画の立案者である編集者がマイクを突き出してきた。朗らかな笑顔と周囲の騒音に負けない大声で叫ぶようにリポートしてくる。

「えー。こちらが函館チームの大将である相川君です! どうですか? 今日の対戦は勝つ自信ありますか」

「全力は尽くします。結果は、その時次第だと思います」

「大沼というコースの特徴はなんでしょうか」

「あ、えーと。半周コースっていうのは文字通り、半周で折り返して帰ってくるコースなんですけど、その折り返しをどうやるかがポイントになると思います」

「では隣のあなた! 確か、速見君」

 カメラは次に俊介の顔を捉えていた。レンズに浮かんでいる俊介の表情がどんどん緊張で固まっていく。

「速見君はレースだけじゃなく、エキシビジョンマッチにも出るそうですが、最新車であるエボⅦと戦ってかつ見込みはありますか」

「勝ちます」

 自分でも驚くほど即答した。

「他のコースならわかりません。けど、ここなら勝てます」

「すごい自信ですね! ではエボⅦのドライバーにも話を聞いてみましょう」

 リポーターとカメラがヒロシのところに行ったので、俊介は大きくため息を吐いた。

 賑やかなのは嫌いではないが、思っていた以上に撮影するというのは大事らしい。

「みんなこれやってたんだな」

 相川が呆れ果てたように頭を下げた。こういう時こそ、底抜けの明るさを持つ安藤が必要だと感じる。きっとノリノリでカメラに向かってピースサインでも送っていただろう。

 俊介は相川に近づいて尋ねた。

「そういえば堀井はどうしたんです。見学に来るって言ってたんですけど」

「ああ堀井ね。ここじゃ狭いから大沼駅の方で降ろしたよ。彼には画面越しに応援してもらうよ」

 堀井はきっと特等席じゃないのを悔しがっているのに違いない、と俊介は思った。

 先ほどのレポーターの動きを目で追うと、函館チームの話をひと通り聞き終わったあとは、編集者チームの方へ行き、各ドライバーに大沼対策の話をしているようだった。

「あとでDVDになったらゆっくり見たいねぇ」

「とりあえず、今は目の前の勝負ですよ、相川さん」

「そうだな。じゃあこっちも出る順番決めておこうか」

 おーい、と声をかけて同じチームの照井と安倍川、米村を集めた。

 話し合いの結果、エースである相川が大将戦、照井が4戦目、安倍川が3番目、米村は2番目、俊介は後にあるエキシビジョンマッチまでに体力を回復させる為に先鋒という結果になった。

「よし、そろそろ時間も近いし、気合入れて行くぞ」

 相川が珍しく気合の入った声を張り上げた。

 俊介も負けじと腹から声を出し、自分自身に激を入れる。

「よっし、じゃあ全員運転席に乗り込んで、待機!」

「はい」

 それぞれ分かれ、自分の愛車に向かって歩き、乗り込む。レース開始時間まであと10分もない。あとはそれぞれイメージトレーニングなり、精神を集中させた方がベストを出せるだろうという判断だ。

 俊介が相手側のチームを見ると、同じように全員車に乗り込んでいた。向こうはプロがやっているだけあって、全員がレーシングスーツを着込んでいて、車内でもヘルメットを被っている。それだけで意識の違いが見られるような気がした。

 俊介の相手の車は、ハチロクの愛称で呼ばれるトヨタAE86だ。軽量を売りとしたFR車でドリフト走行をするのに向いている。またチューニングをし易く、何よりドリフトキングが事あるごとに宣伝していた車とあって、走り屋の間では一種の伝説的な存在と言えた。おそらくはこの車も相当チューニングされて見た目以上のモンスターマシンになっているだろう。

 その86の外装は、お馴染みの白と黒のツートンカラー――パンダトレノと呼ばれるものと違い、燃えるような赤色で統一されていた。相手のドライバーがアクセルを踏むと、20年前に発売された車であることが信じられないような、力強い排気音が聞こえてくる。

 ウインドウ越しに見ていた俊介の身体に、ビリビリとした空気が伝わってきた。

 ――この人も強い。

 生易しい勝負ではないことは初めから分かっていたが、身体中の鳥肌が収まらない。

 だが収まらないのは鳥肌だけではなかった。込み上げてくる喜びが全身を貫き、気を抜くと頬が緩んでしまうのだ。

 自分の腕がどこまで通じるのか、全力をぶつけて挑む事が出来る相手が目の前にいることに、走り屋としての本能が昂ぶってしまう。

 瞳を閉じて、ゆっくりと鼻から呼吸し、深く肺から空気を送り出す。

 深呼吸を何度か繰り返していると、周囲にいるギャラリーも、こちらに向けられているカメラも気にならなくなった。

 ただひたすらにコースを見据え、車をアイドリンクさせたまま始まる瞬間を待つ。

 やがて編集者がコースの前に立ち、俊介と相手を誘導し始めた。

 白い石灰で引いた、簡易的なスタートラインの前に2台の車は並び立ち、エンジンを震わせてそのときを待つ。

「では第一勝負!」

 両手に旗を手に持った編集者が、高らかに腕を上げた。そのままカウントダウンを始める。

「スリー、トゥー、ワン、スタート!」

 両腕が振り下ろされる。同時、俊介はエンジンの回転数を上げてギアチェンジ、スタートダッシュを決めた。

 相手の赤い車も同じようにスタートダッシュを決めたようで、横並びの状態で走り出していく。

 紅い車と蒼い車は、吸い込まれるように大沼の闇の中へと駆け出していった。


 ※


「おっ! いい勝負なんじゃない!」

 大沼駅に設置されたモニターで映像を見ていた堀井は、歓声を上げた。拳を握りしめてモニターを見つめる。

 堀井の他にレース会場に入れなかった20名ほどのギャラリーも、同じようにモニターを見つめていた。その中の一部が囁き合う。

「あのイチゴーじゃ無理だろうな、相手が悪い」

「コーナーが続くようになったら、突き放されるだろう」

 そこに堀井が噛み付いた。

「なんでだよ! 応援してよ」

「お前、素人か? あのハチロク、下りはもちろんだけど、ああいう平地の勝負の方が強いんだよ。同じFRでもハチロクの方が軽い分、有利なんだ」

「そうそう。それにドライバーのレベルも違うし、車のチューニングも編集者チームの方が圧倒的だ。もう少し落ち着いて見てろ」

 二人組は画面を指さした。映像が変わり、最初のコーナーがモニターに映される。

 紅い車が先行して曲がり、2,3秒ほど遅れて俊介のS15も後に着いて行った。

 さらに画面が切り替わり、別のカメラに映ったのは、綺麗なドリフトを決めて無駄なくコーナリングを抜けていく紅い車の姿だけだった。速見のS15が見えたのはそれから3秒後。

「ほら、コーナーのたびに差を付けられてるだろ」

 ギャラリーの一人が勝ち誇った顔で堀井に言ってきた。堀井は返す言葉もなく、うめき声を上げる。

「まだだよ。速見は返しのコースの方が早いんだ。そこで逆転出来るさ」

「一度開いた差は簡単に埋まらねぇよ。函館のレベルは低くないが、そこまで高いもんじゃなかったな。これは編集チームの全勝だ」

「……函館の走り屋はこんなもんじゃないさ」

 ――信じてるよ、みんな。

 堀井は握りこぶしを固めて、全員の勝利を願った。

 だが願いは虚しく、各ポイントに設置されたカメラに最初に映るのは、必ず紅い車だった。折り返し地点に入り、Uターンする場所がないのでスピンターンを決めて180度姿勢を変え、再加速したところで、ようやく俊介のS15も追いついたところだ。

「善戦はしてるんだけどな」

 さっきのギャラリーが二人が批評し始めた。

「下手なやつだと途中で事故って棄権するんだけど、それをきちんと最後まで走るのは偉いもんだ」

「さっきから君たち、上から目線で解説してるけど何者なのさ」

 堀井が尋ねると、ギャラリーの男は笑って答えた。

「俺は次に戦う札幌のチームのメンバーだよ。実際にどんなレベルかと思って見物しに来たんだ」

「次のチームの……?」

「そう。ついでに函館のレベルってのも見ておきたかったけど、道南最速と呼ばれる相川って男が出るまで、とりあえずは様子見で良さそうだ」

「速見は! その相川から教えを受けたんだ。必ず何かやってくれる」

 自分でも分からない衝動に突き動かされて、堀井は熱く語った。

 悔しかった。何も出来ない自分が。実際に運転で見返す事が出来ない自分がもどかしかった。

「なんだ、お前、あのチームの仲間だったのか」

「仲間? 僕が?」

「だってお前、こんなに熱くなるまで肩入れしてるんだろ。なら仲間じゃないのか」

「あ、あ……そうか」

 ストンと、堀井の胸に何か落ちた。

 車を持たない自分は走り屋たちの仲間には入れない、そう思っていた。だが一緒に気持ちを託して応援している自分は、間違いなくあの走り屋たちの仲間になっていたのだ。

 暖かな気持ちが胸の奥から溢れだしてきた。堀井は口元に笑みを浮かべ、自信をたっぷりに、

「そうさ、僕も、彼らの仲間さ」

 力強く、宣言した。


 ※


 第一回戦である速見の勝負は、結果的に見れば負けだった。4秒も大差を付けられてしまったのだから。

 だが最後の直線を走りぬけ、Uターン出来る大沼駅まで辿り着いて車を降りた時、彼の表情は明るかった。

 その表情に、その場にいたギャラリーの誰もが、堀井すらも声をかけることが出来ないままでいた。明らかに負けたものの表情ではない。

 俊介の中には確信があった。

 大沼ばかり走ってきた自分が、全国様々なところで走り込んだプロのレーサーに、4秒近くまで迫ることが出来たのだ。これはまだ自分に伸びしろがあるという、何にも勝る証明だ。負けた悔しさよりも、自分の垣間見た可能性に大きな喜びを感じる。

 先に大沼駅に付いていた、AE86のドライバーも車から降りてきた。ヘルメットを外し、俊介に向かって右手を差し出す。

「こんなに若いドライバーだったのか。なかなか引き離せなくて苦労したよ」

「はい、追いつくのに精一杯でした」

 手を握り返し、俊介は笑顔を見せた。

「良いレースだった。強い気持ちが伝わってきた。その気持があれば、まだまだ伸びる」

「ありがとうございます」

「だが走っている最中に、他のことに気を取られているようにも感じた。もしかして、エボⅦとのレースのことかい」

 少し躊躇ってから、俊介は頷いた。

「俺にとって今日の勝負相手は、エボⅦ――ヒロシなんですよ。俺は今日そこに、走り屋としての全てをかけているんです」

「いいね、若いうちの特権だよ」

 AE86のドライバーは目尻を緩めて、俊介の肩を叩いた。

「走り屋として、男として、譲れない勝負がある。若いうちにはそういう勝負をしておくべきだ」

 そうして彼は、事故だけはしないように、と伝えて自らの紅い車に乗り込んで、レース場へと戻っていった。

「速見……」

 恐る恐る堀井が近づいた。

「負けて残念だったね」

「いや……いいさ、元々勝てる人じゃなかったんだ。あの人は、プロレーサーはいつか辿り着く目標で、こうやって胸を借りて勝負出来ただけでも良かったよ」

 答えて俊介は愛車に乗り込んだ。エンジンを始動させて、レース場に向かおうとする。車の先頭を向けたところで、ウインドウが開いた。俊介が顔を出して、

「お前の応援、聞こえないけど伝わってる。多分、他の仲間にも」

「ああ! 声が枯れるまで応援するさ!」

 ウインドウを締めて、S15が走りだした。

 その姿を見送ってから、札幌から見学に来たという男たちに向かって、堀井は思いき入り「どうだ!」と言わんばかりの笑みを見せつけた。


 ※


 レースは次々と進行していた。

 モニター越しに見ていた堀井は、次々と敗れていく仲間たちにも惜しみない応援を送った。だが所詮、地元で走っているだけのチームだ。様々な場所を転戦して勝ち続けている編集者チームに勝つという展開は一つもない。

 先鋒であった速見が敗れ、次鋒の米村、中堅の安倍川、副将の照井もみな、負けた。

 残る希望は、大将である相川だけだ。

「相川さん、頑張れ! せめて一勝だけでも!」

 四試合が終わり、残りは大将戦だけとなった。

 相川の駆る銀色のRX‐7FC3Sが、スタートラインに並ぶ。

 その隣には国産最強車との名高いスカイラインGTR‐R32が圧倒的な迫力を持って並んだ。

 元々日産スカイラインは、三菱ランサーエボリューション、スバルのインプレッサと並び称されるスポーツカーだ。その戦果は華々しく、全日本ツーリングカー選手権を全レースを全戦全勝という圧倒的な経歴を持つ。まさにスポーツカーとして一つの頂点に立つ車だと言えよう。ツインターボによる圧倒的なパワーに、足回りも四駆で安定性が高く、まさにレースをする為に生まれてきた血統の車なのだ。

 対して相川の乗るRX‐7FC3Sは、マツダ独自のロータリーエンジンを搭載する機体であり、純粋な馬力比べではスカイラインには劣る。だがローターリーエンジンは小型化が容易であり、その恩恵で車体は抜群の前後重量配分になり、コーナリングに対して圧倒的なアドバンテージを得ていた。そしてスカイラインよりも軽く、ボディの小ささも、今回は利点になるだろう。

 車を見ながら解説をしている札幌チーム二人組の話を聞いていると、そのようにまとめられていた。堀井はそれらを頷いて聞いたあと、

「つまり、どういうことなの?」

「腕次第ってことだよ。スカイラインは大きすぎて、あの狭い道じゃ窮屈な走りになる。そこを、一回り小さいFC3Sが突いていく感じだろうな」

 そこで札幌の男はにやりと笑みを浮かべて、

「いよいよ道南最速の男の出番か。楽しみだ」

 モニターを再び見つめると、2台の車の間に編集者が立った。旗を持ち上げてカウントを始めている。

「頑張れ相川さん」

 祈るように拳を握りしめ、画面に目を凝らす。

 編集者の旗が振り下ろされ、両車が一気に走りだす。

 どちらも一歩も譲らない、ハイレベルな戦いだった。

 わずかにスカイラインが先行しているものの、コーナーではFC3Sが距離を詰め、いつでも抜ける距離をキープし続け、背後から獲物を狙う肉食獣のように隙を伺っている。

「あれが相川か。すげえな」

「あのスカイライン、この前のレースではぶっちぎりで早かったのに、食らいついてやがる」

 驚愕の声が男たちから漏れてきた。それを聞いて堀井は溜飲を下げる。

「道南最速は伊達じゃないな」

「ああ、それに誰もリタイアせずに完走もしている。他の奴も結構レベル高かったぜ」

「俺達も、うかうかしてられないな」

 当初の『レベルが低い』という発言が完全に逆転していることに満足を覚えながら、堀井はモニターに意識を集中する。

 画面の向こうでは、丁度折り返し地点を迎えていた。

 先頭を切ってスカイラインがスピンターンをして方向を180度変えたところで、FC3Sも車の後部を左右に振って遠心力を付けてから、スピンターンに突入。差にして二秒弱しか遅れていない。

 画面の向こうにいるギャラリーの中で、とびきり目立つ金髪頭の男が、飛び上がって喜んでいるのが見えた。

 ショウも応援しているんだと、堀井は共感を感じた。走っている者も。走っていない者も。このレースを通して心が一つになっている。敵だとか味方だからではない。同じ競技者として、一つの高みを目指そうという点において、ここに居る者たち全てが、心を熱くさせているのだ。

 まさかに車バカの集まりだ。そして堀井は、その中に自分もいる事がたまらなく嬉しくなってきた。

 折り返し地点を超え、勝負は終盤に差し掛かってきた。

 いくらプロの集団と言えど、一晩練習したくらいで大沼というコースを熟知出来るわけではない。先頭を征くスカイラインの動きに、わずかながら隙が見えてきた。

 最適のルートを選ぶまでのわずかな迷い、その時間こそ相川が反撃する絶好のチャンスだった。

 コーナリングを曲がるために、スカイラインが僅かだが、アウトサイドに逸れた。その隙間を縫うように、FC3Sをインサイドにねじ込んで行く。

 大沼のような狭い公道で2台が並ぶというのは無謀にも近い勇気が必要になる。どちらかの車がわずかでもブレてしまえば、たちまち接触事故になるからだ。

 だが相川は大沼の主だ。一見危険に見えるが、勝負どころを見間違えない。そして相手もプロのドライバー。動揺することなくスキール音と共にコーナリングを曲がりきった。タイヤのスリップ跡から白い煙が立ち昇る。

「すげえ!」

 モニターで見ていたギャラリーから歓声が上がった。編集部のエースと比べて全く遜色のない相川の走りっぷりに、誰も彼もが湧いた。

「こりゃ最後までわかんねえぞ!」

「函館が一勝するかも!」

「相川さん行けーー!」

 最後の最後まで二台の車は一進一退の攻防を続けた。

 そして最後のコーナーを曲がり切り、ラストの直線勝負。

 スカイラインとFC3Sは最後とばかりにマフラーから爆音を上げ、トップスピードを出す。

 ゴールまで距離にして400メートルほどの距離。

 どちらも最高速で突っ込んでくる。だが、ここで両車の車に積んであるターボが差をつけた。FC3Sに付いているのはシングルターボで、最高速を得ることが出来るが、ターボが最大限の効果を発揮するまでラグが生じる――これをターボラグという。一方、スカイラインに搭載されているツインターボは、シングルターボのこの欠点を改良したもので、即座にターボの恩恵を受けることが出来るのだ。

 並んだ状態から、先に一歩抜きんでたのはスカイラインだ。

 そして元から直線勝負に強いスカイラインは、ツインターボの恩恵を受けてFC3Sよりも一秒程速く、ゴールラインを超えたのだった。


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