ジュラール卿とエルリック
死神の騎士アトゥームは今日三度目の皇国軍の攻撃を撃退した。
黒い鎧と
敵は算を乱さず逃げていく。
帝国軍は皇国軍を帝都ゴルトブルク前で迎え撃っていた。
一時より帝国は皇国を押し返し、戦いやすい地形で戦っている。
アトゥームは死神の騎士の
勝ち戦にハイになった味方が歓声と笑い声をあげた。
追撃せず守りやすい地形で敵と戦う、それがアトゥームと
ここで皇国軍に出血を強いる。
ラウルはエレオナアルとショウは後方に下がると見ていた。
皇国軍の士気は下がるだろう。
敵は帝都の陥落を目論むに違いなく、最大の圧力を掛けて来る―—皇国に放った
戦皇エレオナアルと勇者ショウは玉体を危険に晒さない事にした―—ラウルの予想通りそれも報告されていた。
エレオナアルが最前線から去った事で、ショウだけが帝都陥落の栄誉を担う事になる事をエレオナアルが良く思わなかった。
結局ショウとその守護龍ヴェルサスも前線から下がる事になった。
メルニボネの皇子エルリックと皇国近衛騎士ジュラール卿は前線に残っている―—死神の騎士を食い止める為、正確にはエルリックは皇国から逃げ出す機会を伺う為でもあった。
エルリックは夕餉の時にジュラールと会話を試みた。
死神の騎士と互角以上に戦える青年騎士に興味を抱いたのだ。
この時ジュラールは21歳、死神の騎士より2歳年上だった。
「君はエレオナアルをどう思う」
「私には主人をどうこう思う自由は有りません、異界の<戦士>殿」
「これは私の個人的な感想として聞いて欲しい、エレオナアルとその友人ははっきりと言えば―—欠陥人格者だ。君が忠誠を尽くすに相応しくない」
「今の言葉は聞かなかったことにします。私の主君は貴方方の主人でもある。余り責めるような事はおっしゃらない方が良い」
エルリックはジュラールの言葉こそ危ないものだという事を知っていた。
主君を疑わないのも忠誠の一つだが、上が間違いを犯しそうな時に正す事こそ真の忠誠だという事をエルリックは痛い程経験してきた。
エルリックはもう一押ししてみる事にする。
「皇国のエルフたちを始めとする亜人族への扱いはどう思う? 人倫にもとるとは思わないか」
ジュラールは難しい顔になった。
「戦皇陛下には私には及びもつかない考えが有るのでしょう。表面的な事柄だけでは評価できない事が世には沢山有るものです」少し苦しそうな口調だった。
「私はこの戦の前に死神の騎士と一戦交えた事がある。死神の騎士は至って真っ当な人間だった」
「死の王ウールムは全宇宙に死をばらまいて全てを己が配下にしようとしているのです。死神の騎士がまともでも、その主人は悪だ」
「法と秩序、光の神たるヴアルスこそが世界唯一の神だ―—エレオナアルはそう言ってはばからない。神が唯一か多数かは意見が分かれるにしても、正義は一つだけだという考え方は危険だろう」
「全ては唯一神ヴアルスの元からやって来るのです。正義も一つだ」
エルリックは友人ムーングラムと顔を見合わせた―—埒が明かない。
「こんな話は止めにしましょう」
この晩は戦皇と皇国の話はこれで終わりになったのだが、その後もエルリックは折に触れてジュラールを翻意させようとした―—だが叶わなかった。
ジュラールがエルリックの話を真剣に考える様になるには経験が足りなかった。
エルリックが去った後に、ジュラールはその事を思い知らされたのだった。
* * *
一方アトゥームは、義弟ラウルの調合した薬を飲んで統合失調症を抑えながら戦っていた。
皇国よりも早い夕餉をとりながら、ラウルと病気の様子と戦況、追放した女帝の話等をする。
ホークウィンドが離れてからアトゥームの様子は悪化した。
致命的という程でも無かったが、いつそうなってもおかしくなかった。
精神を安定させるのに恋人の存在は大きなものだった―—アトゥームにとっては。
興奮を抑える薬を色々と服用させていたが、これという薬が見つからない。
民間療法から最新の研究結果まで試せるものは全て試している。
今は小康状態だが、いつまでもつか分からない。
ラウルにもアトゥームにも人体実験をしているという感覚は有った。
しかし、狂気の果てまでアトゥームを連れ去られる訳にはいかない。
僅かでも効果の有った薬で症状を抑え、治癒魔法で一時的に回復させる、それを繰り返した。
ホークウィンドが帝国に助っ人に来る、その知らせを聞いた時ラウルは神に感謝した。
祈りを捧げても瞑想しても神を疑っていた―—心の底から信じる事は出来なかった。
神がいるならなぜ戦争や病を作ったのか、その疑問に神は答えてくれない。
世界は残酷だ―—それがこの時のラウルの世界観だった。
残酷なのは人間であって神ではない―—ラウルがそれに気づくのはまだ後の事だ。
* * *
「上手くいきそうだな」
「厭世的なお主の事だからこの戦争が終わるまで愚皇と共に戦うとか言い出すかも知れんと思ったぞ」
皇国軍の陣地からこっそりと抜け出したエルリックとムーングラムは用意してあった馬を繋いだ中継地点まで警戒しながら進んでいた。
帝国軍に渡りをつけ脱走を試みたのだ。
戦馬のシルエットが夜空に浮かぶ。
「もう少しだ―—」
「待て、エルリック。何か様子がおかしい」ムーングラムが辺りを見回す。
「気にし過ぎだ。ムーングラム」
その時エルリックたちをランタンの明かりが照らし出した。
覆いで光を隠していたのだ。
「エルリック殿、貴方が裏切りとは残念です」馬に跨った深紫色の鎧に長髪―—近衛騎士ジュラールの声だった。
エルリックたちは囲まれているのを悟る。
「大人しく陣地まで戻って頂ければ悪い様には致しません」ジュラールは馬から降りた。
「はいそうですかと戻ると思われるか? ジュラール=ド=デュバル卿」ムーングラムが応えた。
ジュラールは溜め息をつく。
「皆、二人を取り押さえろ、傷つけても良いが殺す事は許さぬ」
じりじりと皇国兵が間を詰めて来る。
エルリックたちの強さを計り間違えている者は居なかった。
後ろからエルリックに二人の皇国兵が同時に斬りかかった。
気配を察してエルリックはストームブリンガーを抜きざまに後ろに振った。
ストームブリンガーは二人の剣を止める―—エルリックは予想以上に敵が腕の立つ相手だと知った。
単なる兵隊では無い、ここに居るのは全員騎士だ。
騎士たちはジュラールを含めて九人だ。
ムーングラムも
エルリックは前から襲ってくる騎士に左腕の盾を叩き付ける。
騎士は身体をねじってそれを躱す。
同時に突き出された剣をエルリックは体勢を崩しながらも際どい所で躱した。
前方に受け身を取って地面を転がりつつストームブリンガーで斬りつける。
その斬撃は具足に阻まれた。
エルリックは立ち上がるとムーングラムに斬りつけている騎士にストームブリンガーで斬りかかった。
今度こそ―—その一撃はジュラールの大盾に阻まれた。
「させません」エルリックは舌打ちした。
ジュラールは大盾を突き出してエルリックの視界を防ぎながら
エルリックは盾でそれを受け止めようとした、背後を気にしている余裕は無かった。
斬撃の速度が盾に当たる直前で増した―—盾をすり抜ける。
片手半剣がエルリックの鎧を強打した。
「エルリック!!」ムーングラムが叫ぶ。
斬撃は防いだが、剣の重量までは防げない。
エルリックは身体が痺れるのを感じた、直後に背後からの一撃も食らう。
身体中が痺れる―—ストームブリンガーが手から抜け落ちた。
エルリックはひざまずいて何とか立ち上がろうと身体に力を込めた―—激痛が走る。
「勝負ありましたね、エルリック」ジュラールは片手半剣を鞘に戻すとエルリックに近づこうとした。
その時ジュラールは全身をツララに貫かれた様な寒気に襲われた。
背後に人がいる―—首筋に冷たい感触が有った。
「そこまでだよ、デュバル卿」ジュラールの喉元にナイフ様の刃物が突き付けられていた。
「何者―—」
「名乗る必要は無いよ」女の様な声だった、黒装束に頭巾で顔は見えない。
「デュバル卿の命が惜しければ、直ちに引き下がってもらうよ。皇国の騎士たち」
皇国騎士たちは少しの間立ち尽くした。ややあって剣を収めると退却し始める。
「待て、私に構うな」ジュラールは叫ぶ。
背後の人影は溜息をついた様だった、首筋が手刀で叩かれる―—ジュラールは昏倒した。
「久しぶり、エルリックにムーングラム」騎士たちの姿が見えなくなるのを待って影は口を開いた。
「ホークウィンドか、どうしてここに」ムーングラムが腕の傷を押さえながら言う。
エルリックとムーングラムはホークウィンドから治癒薬を貰って傷を癒す。
「<死神の騎士>に加勢しようと思って、ね」ホークウィンドはウィンクした。
「ともかく助かった」エルリックがようやくの事で言葉を発した。
「まずは帝都に行こうか。アトゥーム君やラウル君が待ってる」
三人は馬に乗ると、帝都目指して駆けだした。
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