クーデター

 エレオナアル達を撤退させた次の日の晩、女帝マルグレートの参加する作戦会議にアトゥームたちの姿は有った。


 皇国軍に一矢報いた若い軍師ウォーマスターラウルとその義兄アトゥームを目通りさせる場でもある。


 軍の高官相手にもラウルは怯まない、アトゥームも表面上は無表情だった。


 軍最高司令にして選帝侯でもあるアダルトマン将軍が女帝への報告を行う。


 女帝は五十代の、外見はもっと老けて見える太った女性だった。


 ラウルはこの席から街中でも魔法を使う事を許される青い色の法衣ローブに身を包んでいる。


 ラウルは感情を宿さずに将軍たちを見る。


〝――お飾りと無能の取り合わせだ〟ラウルは内心で女帝と将軍を軽蔑していた。 祖父ガルディンはアダルトマンと戦の方針について衝突した為に閑職につかせられたのだ。


 今回帝国がここまで追い詰められる元凶を作ったのも他ならない女帝と将軍の二人だった。


 女帝には戦皇エレオナアルが開戦準備を整えている事を何度も報告した。


 皇国が軍を集めている事は承知していたのにも関わらず対策を怠り、軍を後退させる事を許さず、将軍は忖度していたずらに犠牲を増やした。


 将軍の持って回った話し方といい、要点を得ない戦況報告といい、女帝の面子だけを気にする政治姿勢といい、何の為に兵士が死んでいったのかとラウルは叫びたい気持ちを必死に抑えた。


「何か申したい事は無いか? 軍師ラウル」


「動議を」


「申してみよ」


「女帝陛下を上帝へと昇任し、新たな皇帝として姪のクリスティーナ伯爵を据える事を発議したいと」


「そちは冗談が上手じゃの。軍師ラウル、クリスティーナはまだ十二歳じゃ。皇帝の大儀を任せられると思うのか?」


「賛同される方は起立を」


 七人いる選帝侯の内、五人が立ち上がった。


 女帝は笑みを浮かべたまま凍り付く。


「何じゃこれは――!? 軍師ラウル、これは国体たる余、女帝マルグレートと国家への反逆行為じゃぞ!? 衛兵! ラウルを拘束せよ!」マルグレートは金切り声で叫ぶ。


 しかし一向に衛兵が動く気配は無かった。


「賛成多数で、私の動議は可決されたものとします。衛兵、マルグレート上帝陛下を私室にお連れするように」ラウルは表情を変えずに言った。


 女帝は喚いていたが、衛兵が剣を抜くと石の様に押し黙った。


 アダルトマン将軍は女帝が部屋から連れ出された段で、何が起こったのかを理解した。


「軍師ラウル。君は――」


「併せてアダルトマン将軍、貴殿の軍最高司令官の解任を提案します」


 将軍は自分以外の選帝侯が起立したのを見て溜め息をついた。


「儂の知らぬ間に世界は変わっていたのだな。これ程身近な所で起きている事に気付かぬとは、儂も老いた」


「貴方も監視下に置かせてもらいます。領地と爵位の没収は行いませんが、女帝を再度担ぎ出そうとするならその限りではありません」


 将軍も女帝同様王宮の自分の部屋に軟禁される。


「当面の決着はついたな、軍師ラウル」長い黒髪に左右で色の異なる瞳の選帝侯ナイトハルトが溜めていた息を吐いた。


 ナイトハルトは三十代、選帝侯の中で一番若かった。


「マルグレートとアダルトマンの采配で帝国は敗北寸前にまで陥った。放っておけば二人共ゴルトブルクの大通りに吊るされていただろうよ。帝国の意思決定は我ら選帝侯の合議で行う事で良いのだな」


「ええ」


「取り敢えず帝国軍の立て直しだな。敗残兵を集めて再編成しなければ。招集をかけて新兵も集めないとな」


「流民の中から志願兵も集めれるはずです。皇国軍の占領地への扱いは酷いものだ。恨みを晴らしたいと思う者も多いでしょう。エルフたちに加わってもらえれば我々の正当性を補強する材料になる」


「戦皇エレオナアルはもう一度来るかな」


「恐らく来ないでしょう。来る様なら今度こそそっ首を取ります」


「当面は遅滞戦闘を繰り返して皇国の兵力を削ぐ方向といった所か」


「我らに味方してくれる国を一国でも増やして下さい。皇国の背後を突ければ言う事は有りません」


「君たちが永遠の都タネローンで会った不老不死ハイエルフの女忍者が仕えているというエセルナート王国は味方になってくれそうか?」


「女忍者、ホークウィンド卿が動く位は黙認してくれるかもしれません。帝国と皇国の争いはいつもの事と思われています。違うのは今回、皇国はエルフを始めとした亜人族を激しく迫害しているという事です。そこを上手く説明出来れば我らと同盟してくれるかもしれない」


「軍師ラウル、君が有能だという事は分かる。君の義兄のアトゥームも死神の騎士で間違いないのだろう」中年の選帝侯が割り込んだ。


「しかし、君が言った帝国皇国間の戦争を最後にしてみせるというのは流石に壮語が過ぎるのではないか」


「それ位言わなければ国民は支持してくれません。それに壮語かもしれませんが出来ないと決まった訳でも無い」ラウルは肩をすくめた。


「君たちが帝国の危機を救ってくれたことは確かだ。君たちが我々を裏切らない限り、我々も君たちを裏切る事は無い」別の選帝侯が言った。


「ラウル君とアトゥーム君には当面帝都防衛戦にあたってもらう。それでよろしいですな、皆さん」ナイトハルトが最後を引き取った。


「では、今晩は散会」


 ラウルとアトゥームは部屋から退出した。


 *   *   *


 ホークウィンドはアトゥームたちと別れ西方中部に位置するエセルナート王国に偵察の結果を報告に行っていた。


「ホークウィンド卿、貴女の報告は貴重なものです。グランサール皇国は組織的に亜人排除に乗り出しているのですね」女王アナスタシアが確認する。


女王は六十代の、しかし悪戯好きの子供の様な雰囲気を漂わせる女性だった。


「はい」


 女王はホークウィンドをしげしげと見つめる。


「貴女と魔都まで旅したのは50年も前なのね」


「48年ですよ、アナスタシア」ホークウィンドは砕けた口調で言った。


「貴女は変わらない――私は年を取っていく一方。もうおばあちゃんだわ」


「老いるのは悪い事じゃない。変わらないのも考えものです」


「で、貴女が調べた所、戦皇エレオナアルが混沌神と接触しようとしたと」


「はい、未だ本格的ではないですが。時流が悪化すれば接触するのは間違いないかと」


「混沌の第一神といえば女神アリオーシュね」女王は思案顔になった。


「万神殿カント寺院の僧侶たちの中に、アリオーシュが動きを活発化させていると報告している者がいるわ。女神は現世を手中に収める為に手段を選ばないでしょう」


「もう少し皇国について調べたいのですが。それと<死神の騎士>を継ぐ者が現れました」


「報告に有った皇国と帝国のハーフの青年の事ね。貴女が調べたいのは皇国だけじゃないんでしょ」女王は悪戯っぽく笑う。


「では――」


「ちゃんと報告するなら貴女が独自に皇国を調べる事は止めないわ。けど騎士称号は一時的に剥奪よ。皇国と戦端を開くことになりかねないから」


「それから、貴女の義娘シェイラだけど、基本的に王国に置いていきなさい。そろそろ親離れを考えないと」


「シェイラが言う事を聞いてくれるか――」


「聞かせるのが親の仕事よ」


「それと、二カ月ぶりに帰って来たのよ――今夜、伽を務めなさい」


 ホークウィンドは女王がこういう口調の時は何を言っても心変わりしない事を知っていた。


 それに老いを知らないホークウィンドには老いた人は美しく見えるのも事実だった。


「女王陛下、リルガミン神聖帝国大使がお見えになる時間です」扉の外から声がする。


 ホークウィンドは一礼すると部屋を退出した。


 まずはシェイラを説得しないと――大変な仕事になるのは間違いなかった。

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