★覚悟

 楽しい時間はあっという間に過ぎてしまう。空は暗く染まり、星たちが輝き始める。レオンは地球が一望できる高いタワー、展望台へ銀河姫を案内した。


 彼女は地球のものを見て純粋に喜んだ。素敵な星と褒めた。バリアで守られた触れることの出来ないかつての地球の遺物。レオンはむなしいと思っていたその景色が、彼女のおかげで誇らしいものに見えてきた。

 まだまだ見せたいものはたくさんある。しかし、彼女をいつまでもとどめておくことは出来ない。潮時だ。


「ありがとう。私のわがままを聞いてくれて。もう、思い残すことはないかな」


 銀河姫は窓の外を見つめ、悲しそうな声で言った。レオンには言葉が出なかった。宇宙連合のところに行こう。その言葉を出してしまったら、もう二度と彼女に会えない気がした。

 銀河姫は窓から離れると、レオンに歩み寄った。レオンの腕を軽く掴み、そのまま頭を預けた。レオンはドキドキしながらも、彼女の背中を優しく抱きとめた。銀河姫はレオンの腕をさらにぎゅっと握りしめ、心の内を話し始めた。


「本当に感謝しているの。私には決められた使命がある。その使命を果たすのが嫌だった。でも、あなたに会ってよかった。覚悟が出来たから」


 銀河姫は握る力を弱めるとゆっくりとレオンの手に向かって流れる。この手を離したら、もうこの時間は終わるだろう。レオンは名残惜しく彼女を握る手に力が入った。


「あの、俺……」


 レオンが言葉を口にしようとしたその時だった。


「見つけましたよ、銀河姫」


 ねっとりとした男の声と同時に、レオンたちの足下に何かが投げ入れられた。それは小さな黒い球体。中心から火花が散った瞬間、周囲に黒煙が立ち上がる。

 レオンは危機を感じ、銀河姫を守ろうとしたが遅かった。黒煙の中を稲妻が走った。レオンの体に重く突き刺さり、全身の筋肉が硬直した。そのまま床に崩れ落ちる。そして、黒煙の中から武装したモルベリオスが現れた。銃口が一斉にレオンに向けられる。


「やめて!」


 銀河姫は悲鳴に近い声をあげた。彼女は、全身毛で覆われた長い耳を持つ男、トリアーに捕らわれていた。ジタバタと逃げようともがくが、トリアーの力に敵わなかった。


「言うことを聞いてくれれば、彼は助けてあげるぞ?」


「え?」


 トリアーの提案に銀河姫は戸惑った。レオンを助けたい。しかし、彼らの求める願いはいいことではないと直感していた。

 充満していた煙が薄くなり、隠れていた真実に銀河姫はさらに決断を鈍らせた。先ほどの稲妻のせいだろう。展望台で景色を楽しんでいた宇宙人たちが床に転がっていた。目的のために手段を選ばない者たち。ここでおとなしくついて行かなければ本当彼を殺すのだ。銀河姫は答えを出した。


「誰も傷つけないで……」


 銀河姫は口を噛みしめ、目を閉じた。


「もちろんですとも姫様。さあ、早く乗れ!」


 大きな振動音が鳴り、展望台の窓に張り付くように宇宙船が現れた。トリアーは窓ガラスをたたき割ると、そのまま宇宙船へ乗り込んだ。


「くっ……銀河姫……」


 レオンは動かない体を恨んだ。視界はぼやけはじめ、意識が遠のいていく。銀河姫の姿が宇宙船に消えていくのを見た。しかし、レオンは消して諦めていなかった。


「動け!」


 強く心に念じて無理矢理右腕を動かした。なんとか左肩に移動させることを成功させ、制服に装着された装置のスイッチを入れる。制服は熱を帯び始め、膨らみ始めた。レオンの体を加圧してもみほぐしていく。


「はあ、まさか予算の無駄と言われたマッサージ機能が役に立つ日が来るとは……」


 レオンはよろよろと立ち上がる。着ていた岩石星人のかぶり物は腹部から焼け焦げており、パラパラと崩れ落ちた。


「このかぶり物に助けられるなんて」


 レオンは苦笑いしながらボロボロになったかぶり物を脱ぎ捨てる。そして現状を確認した。倒れている宇宙人たちは皆気絶しているだけだった。地球人より頑丈で耐性のある種族だ。自分がこうして生きているなら、無事だとレオンは安心した。念のために医療システムに連絡を送った。

 割れた窓ガラスから外の騒音が耳に届く。タワー下では警報音が鳴り響き、緊急事態に対応するためにロボットたちが集結していた。それに対し、室内は異様な静けさに包まれていた。おそらくモルベリオスの連中が防犯システムを停止させたのだろう。

 レオンは自分を責めた。もっと警戒するべきだった。浮かれていた自分を恥じた。


「急がなくては」


 レオンは駆けつけてきたロボットに軽く説明した後、タワーを飛び出した。


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