★モルベリオス

「銀河姫はまだ見つからないのか?」


 錆びた宇宙船の中で、怒鳴り声が響いた。声の主は、薄茶色のふわふわな毛を持ち、抱きしめたくなるようなフォルムに似合わない人物だった。大きく長い耳に鋭い前歯を持つ男だ。彼の腕には、モルベリオスのシンボルマークが刻まれている。


「申し訳ありません、トリアー様。信号が受信できません。スターケット星で見事にふかれてしまいました」


 宇宙船のモニターを操作する彼の部下がビクビクと肩を震わせながら報告した。トリアーは小さくうなり声を上げると、口の奥に隠れた奥歯を向きだしながら、近くの椅子を蹴り飛ばした。椅子は弧を描きながら吹き飛び、壁に大きな音をたててぶつかった。


「銀河姫を連合の奴らに捕られる前に見つけないと、俺らの計画がパーだぞ!」


 トリアーはイライラしながら目の前の部下に不満をぶちまけた。喉からぐるぐるとうなり声が響いた。


「あのートリアー様、それがすでに宇宙警察の一人が接触していたみたいでして……」


 部下はモニターに監視カメラの映像を映し出した。それはスターケット星の駐車場の画像だった。画面を拡大すると、花星人と宇宙警察の制服を着た人物の親しげな姿が映っている。


「銀河姫に忍ばせた発信器は、この花星人から出ていました。これは変装でしょう」


 そして別の画像を映し出した。スターケット星とは違う別の場所だ。緑豊かな場所にカビ星人が暴れている様子の画像だ。


「なんだねこれは? 銀河姫と何の関係がある?」


 トリアーは部下から提示された画像が理解出来なかった。


「これは、カビ星人が輸送船を襲った事件の監視カメラです。ほら、ここ見てください。花星人と思いきや、宇宙警察の変装だったんです」


 カメラの映像を再生すると、花星人の首がぱっくりと開き、中から宇宙警察が現れる。トリアーは目を丸くして驚いた。


「宇宙警察の奴らめ、変装するとはこしゃくな奴らだ!」


「そんなことよりトリアー様、変装している人物をご覧ください」


 部下は宇宙警察を拡大した。顔が拡大され、はっきりと見える。


「なんだこの、のっぺりした顔の星人は?」


「地球人です、トリアー様。見てください、先ほどのスターケット星の顔がこれです」


 部下は、画像を並べた。そこには、同じ顔の宇宙警察が映っている。トリアーはにやり笑みを浮かべた。


「同一人物だったというわけか」


 部下の肩をよくやったとたたえるように叩く。トリアーの機嫌が良くなったことに、彼の部下は胸をなで下ろした。


 トリアーは宇宙船の上層部に移動し、下の階の部下たちを見下ろした。大きく手を叩く。すると部下たちは一斉に作業を中断し、トリアーに体を向ける。トリアーは巨大なモニターに宇宙警察の顔を映し出した。


「この地球人が銀河姫の居場所を知っているだろう! さあ、お前たち! この地球人を全力で探し出すのだ! 銀河姫を手に入れ、我らの野望を果たすのだ!」


「我らの野望のために!」


「野望のために!」


 部下たちの威勢の良い掛け声が続く。やる気に満ちた部下たちは、各々の持ち場に戻り、気合いを入れた。しかし、作業しようとする手が止まる。どこを探せばいいのか。皆が同じ思想に染まっていた。一人の部下が、トリアーにそっと耳打ちをして相談する。


「あの、トリアー様。この膨大な宇宙でどこを探しましょうか。発信器の範囲はせいぜい、10個ほどの惑星までです」


「うーむ……」


 トリアーは腕を組んで考えた。宇宙連合の作り上げたワープゲートのせいでどこにでも逃げられてしまう。しかし、諦めるわけにはいかない。ふと、脳裏に浮かんだ防犯カメラの映像。あの二人は親しげだった。


「なあ、お前、好きな子がいたらどこに連れて行きたいか? 自分を知ってもらえる特別な場所だよ」


「え!? いきなりどうしたのですか。えー、好きな子と?」


 部下は不意な質問に驚きつつも、もじもじしながら考える。


「キャシーちゃんは流行り物が好きだからなー、えー……は! す、すみません、トリアー様。仕事中に……」


「……まあ、よい。故郷に連れて行きたくないか? それとも行きたがるか……」


 トリアーの言葉から、部下はある場所が頭に浮かんだ。


「まさか、地球ですか?」


 部下の言葉にトリアーはにんまりと笑った。


「お前たち、地球に向かうぞ! 全速力で!」


 トリアーは宇宙船の操縦席に向かった。部下たちは彼に続いた。宇宙船は地球に向かって加速する。

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