第32話 PHASE3 その5 決戦の日曜日

「おはよう、冬馬くん。ねぇ起きてる?」

という声で目を覚ました冬馬は、夏子との何気ないやりとりをする。


「ん、あぁ、起きてるよ」

と返し、ベッドから身体を起こすのだった。

「もう朝ごはん出来てるよ。早く食べよ〜」

と、夏子は朝食をテーブルに並べ始めるのだった。

今日の献立はベーコンエッグだった。卵料理が好きな夏子らしい。

そして食事を摂りながら、テレビを見ながら談笑をする。


そんな中で冬馬はふと思ったことがあったため聞いてみることにする。

「なぁ、夏子って何かやりたい事とかあるのか?」

と聞くと、少し考え込むような仕草をしてから話し始めた。

「うーん、今のところはないかなぁ。冬馬くんは?」

「俺も、夏子と同じ感じかな」


そうか、無いのか……と思っていると、

夏子が少し考え込んだ後何か思いついたようで口を開く。

「じゃあさ、親との事にケリが付いたら、今度一緒に何処か行かない?

日帰りで温泉とか行きたいんだけど……どう?」

「うん、それ良いな。一緒に行こうよ」

「やった、約束ね!」

と笑顔で言った後、急に恥ずかしがりながら俯く夏子。


夏子と一緒に過ごす日々。

それは冬馬にとってもうかけがえのないものとなっていた。

この幸せを守るためにも、必ず親を説得しようと

心の中で誓っていたのだった。



「準備は出来たわ。さぁ出かけましょう」

夏子は持ってきた荷物をスーツケースに入れ終えていた。

後は出かけるだけである。


「緊張してきたな。夏子の両親、ちゃんと話を聞いてくれるかな?」

「多分、大丈夫だと思う。気難しいってわけじゃないし。

でも喧嘩して飛び出してきたからなぁ」

「不安にさせるような事、言うなよ。ただでさえ人付き合いは苦手なんだから、

自信無くなる」

「ごめんね、でも冬馬くんなら何とかしてくれる。そう思えるもん」

「どこに根拠があるんだか……」

そんなことを話しながら、夏子の家へと向かっていった。

もちろん、買ったばかりのペアリングを身に着けて。




夏子の家に着くと、まず最初に出迎えてくれたのは彼女の母親だった。

彼女は冬馬を見ると少し驚いたような表情を浮かべていたが、

すぐに笑顔になり中へと案内してくれた。

そしてリビングに通されると、そこには既に父親も待っていたようだった。


(やっぱり、ちょっと話しづらいかな)

夏子から聞いた父親のイメージとほぼ同じだった。苦手なタイプだな。


父親は予想通り寡黙な人のようで何も話さないが、

逆に母親は話好きなようで、冬馬に色々と話しかけてきた。

まずは買ってきたお土産を渡した。

夏子の父親は相変わらず何も喋らないが、母親は喜んでくれたようだ。


そして本題に入るため、夏子が口を開いた。何日も家を空けた事について謝った。

冬馬は、まずは自己紹介から始めたが、お互いに緊張しているのか、

ぎこちない感じになってしまった。

しかしそれも仕方のない事だろうと思う。

何しろこれから大事な話をするのだから。

だがここで怯んでいては先に進めないと思い、

勇気を出して話し始めることにした。


まずは、なぜ夏子が家出をすることになったのかという経緯から話し始めた。

そして最後には、親との話し合いの場を設けるようにお願いしたのだった。


「どうか、夏子と話し合いの場を設けていただけないでしょうか?お願いします」

と頭を下げた後、しばらく沈黙が続いたが、やがて父親が口を開いた。


「わかった……ただし条件がある。

君は娘のことをどれほど大切に思ってくれいるのかは知らないが……」

「はい、大切に思っています」

冬馬は、真っ直ぐに父親の目を見て言った。

嘘偽りのない自分の気持ちを、相手に伝えるように……。


そして暫くの間、四人で色々話し合った。夏子の母親は終始ニコニコしていたが、

逆に父親の方は終始無口で、殆ど話をしなかった。

多分、冬馬自身と同じで不器用な人間なんだな、そう考えることにした。

父親自身の真意はなかなか見えてこない。冬馬はもどかしく思った。


そしてこれからの事について話しているうちに冬馬はこんな台詞を言うのだった。


「娘さんを悲しませる事はしません。ずっと仲良くしていきたいんです」


「夏子を絶対に悲しませないと誓えるのだな??」


父親のその目はまるで冬馬を試しているかのようだった。

だから俺はしっかりと頷いてからこう言ったのだった。


「夏子は、俺にとって何よりも大切な存在です。

何があっても彼女の味方でいる覚悟があります。

出会ってからの日数こそ短いですが、

大切にしたいという気持ちはだれにも負けません。

…、だからどうか信じてください!」


そうはっきりと言い切った後、再び頭を下げると……、

夏子は涙目になりながら、父親に訴えかけた。


「お父さん、冬馬くんはいつもわたしのために頑張ってくれているんです!

彼はわたしの事を大切に想ってくれています。

そんな人に私も支えられていて……」


「わかった。君は夏子をどれだけ大切に思っているかも。認めてやろう」


冬馬と夏子の熱い思いが父親に届いた!!

感無量の瞬間だった。


「ありがとうございます!」

「ただし、条件がある。夏子との交際を認める代わりに、

一つ約束してほしいことがある……」


冬馬は緊張しながらもしっかりと聞いていた。

そしてそれは冬馬にとっても重要なことであり、

絶対に守らなければならない事だろうと感じた。


「君は、生涯を共に暮らすつもりで夏子と交際しているんだな……??」


その父親の問いに、俺はゆっくりと頷きながら答えていく。

夏子を大切に思う気持ちを込めて……。


すると父親から思いがけない言葉が返ってきたのだ。

それは意外な言葉だったのだが、それを聞いた冬馬に迷いはなかった。


「夏子はここ暫くの間、心を閉ざしてきたように思えた。

でも少し前から笑顔が戻ってきたようだ。

それでも男に騙されているんじゃないかと思えてきて、言い争いをしてしまった。

うん、君を見て確信できた。君になら夏子を任せられそうだ。

夏子の事を任せてもいいか?」


そして冬馬は力強く返事をすると、父親はさらに言葉を重ねる。



「ならば夏子のことを生涯かけて幸せにすると誓ってほしい……それが条件だ」


「もちろんです!絶対に夏子を幸せにしてみせます!」


と即答した冬馬を見た両親は優しく微笑むのであった。

それはまるで本当の父親のように見えたのだった。


「冬馬くん、ありがとう……」

夏子は目に涙を浮かべながら冬馬に抱きつくのであった。

そしてそれを見ていた両親は優しい笑顔を浮かべていた。


そんな様子を見た冬馬は改めて思うのだった。

絶対にこの家族と幸せになろうと。



しかしながら…、

(よかったぁ。認められたぁ)

冬馬は内心、ほっとした気持ちで一杯だった。

もしかしたら、一緒にしていたペアリングが力を与えてくれたかもしれなかった。

いつもならこんな台詞なんて言わなかっただろう。


それにしても……、

下手したら一生モノの黒歴史になりかねないクサい台詞まで言ったのだ。

これでダメと言われたら、永遠に立ち直れなかったかもしれなかった。

自分で言った台詞ながら、思い返してみると恥ずかしさで満ち満ちていた。

(まぁ、夏子なら茶化す事しないだろ。多分……)

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