第十五話 剣仙の皇子と魔女の謎


 ――『白姑仙はっこせん


 その名を知らぬ者はない高名な導士である。


 出自は不明だが、建国初期から文献に名を見る生ける伝説。謎の多い人物で、日帝に仕えた大方士役優えんゆうの直弟子だとも、逆に彼の師だとも言われている。


 雪の如き純白の髪を持ち、瞳から光を失くした盲目の天才導士。しかし、数百年の時を身に刻みながらも、容姿に衰えなく涼やかで清廉な気風のある美女と聞く。


 長い歳月を研鑽に費やし、極めた方術は並び立つ者なし。導士をさげすむ尊大な方士院をして彼女には敬意を払っている。日輪の国で最強の方術使いであるのは疑いようがない。




「あの白姑仙か?」


 思わず叫んだ口を手で塞ぎ、刀夜は改めて小さな声で問い直した。


「確かにそれならば蘭華の異常に高い能力も頷ける……が、彼女は黟夜山えいやざんから滅多に下山しないぞ?」


 黟夜山――日輪の国南西部にある峻険な連山。


 『』とは黒く光沢のある黒檀こくたんを意味する。そびえ立つ山々が天を覆い、常に太陽が隠れる闇夜の世界。連なる山も黒く見える故に黟夜山と名付けられた。


 この連山は剣のような高い山が無数に連なる難所で、不老不死の霊薬があり入山し修行を積んで昇仙した者達が住む仙境でもある。


 実際、白姑仙はっこせんも数百年の時を生き、方術は仙人の域である。彼女を仙人と目している者も多く、故に『白姑仙』と呼ばれるようになった。


 その通り名の方が有名となり、今では誰も本名を知らない――


「彼女の弟子になるには黟夜山えいやざんを登らねばならない」


 並みの人間には不可能だ。だから入山に耐え得る力ある高名な方士、導士のみが白姑仙の弟子になれる。だが、蘭華の名は全く知られていない。


「ですが、丹翁は確かに白髪盲目の美しい導士だったと申しておりました」

「そうか……」


 そんな特徴の強力な導士がそうそういるわけがない。


「しかし、そうなると奇妙だ。月門ここの連中はそれを知らないのか?」


 日輪の国で名高い白姑仙の影響力は大きい。その弟子ともなれば粗略に扱えない筈だ。


「白姑仙より口止めされており、月門でその件を知る者は丹翁だけのようです」

「俺達に教えて良かったのか?」

「それが、皇子様にならお教えしても構わないと」


 それを聞いて刀夜は裏の事情が少しだけ見えた。丹頼は皇子である刀夜になら明かしてもよいと判断した。月門は第一皇子の泰然が直轄しているまちだ。


「つまり、兄上はご存知なのだな」

「恐らくは……泰然様と白姑仙に何がしかの密約があるのでしょう」


 泰然と白姑仙は繋がりがあり、蘭華の秘密を共有している。


「だとすると、兄上が蘭華の境遇を放置しているのは益々おかしい」

「泰然様が白姑仙の直弟子を粗略に扱うとは思えませんからな」

「結界の件もある」


 常夜の森は妖魔あやかしの領域。そこの結界が破れれば日輪の国は魑魅魍魎で溢れ返ってしまう。故に国は結界の保全を重要視しており、これをおろそかにすれば泰然と言えども無事では済まされない。


「故意に泰然様のお目を曇らせている者がいるとお考えで?」

「ああ、俺は月門ここの令長を疑っている」


 これら情報を隠蔽できる人物として一番怪しいのは月門の最高責任者である邑令長ゆうれいちょうだ。刀夜は邑令長に聆文の息が掛かっていると睨んでいる。


「蘭華の素性と情報隠蔽の件を調査する必要がありますな」

「それは儀藍ぎらんに任せよう」


 刀夜と夏琴の剣の師でもある儀藍は剣の達人にして人格者。彼を慕う弟子も多く、調査を依頼すれば彼らが立ち所に調べ上げてくれるだろう。


「儀藍殿なら泰然様へも上手く伝えてくださるでしょう」

「ああ、そうだな」


 早速、刀夜は儀藍宛てに文を認めると「ピーッピッピッ、ピーッ!」と甲高かんだかい口笛を吹く。すると真っ白な鳥が突然目の前に出現し刀夜の肩へと止まった。


 それは長い尾羽おばが特徴的で白い雉を思わせる――『白翰はっかん鳥』


 霊獣であるが多少覚えがあれば導士でなくとも使役できるので、貴族や軍での連絡手段として重宝されている。


 ちなみに『翰』は羽の事で白く長い尾羽が名前の由来となっている。だが、それと同時に『翰』は手紙の意もあり白翰鳥は別名『白き翰鳥ふみどり』とも呼ばれている。


「この手紙を儀藍へ届けてくれ」

「ケンケン」


 白翰鳥は僅かに胸を張って鳴くと刀夜の手にする文を飲み込んだ。実は白翰鳥は手紙を取り込み尾羽とする事ができる。その羽は指定者に届けられると手紙に戻るのだ。


「ケーン!」


 一際高く鳴くと白翰鳥はバサバサと汚れのない真っ白な翼を羽ばたかせ、都邑みやこの方へと飛び立った。その白い姿もあっという間に青い空に溶け込み消える。


「さて、我らは窮奇探索ですな」

「既にその目星はついている」

まことですか⁉」

「先程の地図を襲撃された順に追ってみろ」

「順にですか……あっ⁉」


 刀夜の指摘で再び地図に目を落とした夏琴は目を見張った。刀夜が既に『一、二……』と数字を振っており、それが見事に時計回りになっていたのだ。


「無意識のうちに規則的に場所を選定してしまったのだろうな」

「なんとも律儀な下手人ですな」

「それとも襲撃犯はもしかして……」


 夏琴は不思議そうに刀夜を覗き込んだが、判断できる情報が少な過ぎる。刀夜は言葉を飲み込んで首を横に振った。


「いや、何でもない。それより、順番に従えば次の襲撃は恐らくこの辺り……」

田単でんたんゆうですか」


 刀夜が指差す帛地図の辺りには小邑むらが一つだけ。


「早速出向いて不埒な輩をひっ捕えましょう」

「まあ待て」


 はやる夏琴の手綱を締めて刀夜は蘭華が去った方へと目を向けた。


「それよりも先に蘭華だ」


 眉が寄って綺麗に整った顔が僅かに歪む。


「どうも嫌な胸騒ぎがする」

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