第21話 遅刻連絡


 救急車を待つ間も、視界の端にあの女が映る。


(なんだよ。何を訴えたいのか、まるで分かんねえ)


 ただでさえ寝目田には会社に遅刻の連絡をしなければならないという、なんとも

気が重い仕事があるのだ。苛々は加速していく一方だった。


「ああ、もうダルい」


 独り言を吐きながら、渋々スマホを取り出し、会社に電話をかける。

 電話に出たのは、常日頃から圧の強い上司だった。

 本当に今日はツイていない……そう思いながら、寝目田は遅刻することを伝えた。    

「はあ? 寝目田、お前、サボる口実でウソ言ってるんじゃないだろうな?」


 課長の第一声が予想通り過ぎて、逆に少し笑えてくる。 


 「いや本当に今、目の前に倒れている人がいるんですって! なんなら救急隊員が来たら、社名と課長の名前を教えて『その人に見殺しにしろって言われたので、

今から出社します』って言いますね」


 寝目田が珍しく強めに言い返すと、課長は舌打ちして、不機嫌な声で言った。


「まあ、なんだ。人命救助が一番大事だからな。終わったら、速攻出社しろよ。

明日が納期の仕事、お前にやってもらうつもりだから、今晩は徹夜を覚悟して

おけよ」


「えっ、ちょっ、そんな話聞いていな……」


 当然のごとく寝目田の返事をまたずに、課長は電話を切った。


 いつものことだがブラックすぎる――課長とのやり取りに苛々して思わず煙草を

取り出しそうになった寝目田は、思い切り離れの前に立っている女と目が合い、

ビクッと震える。


「わかった。わかった。わかりましたよ……」


 ワザとらしいほどの動作で、寝目田は男性が横向きの姿勢から動いていないか確認したり、声をかけたりする。


 正直、これで応急手当てになっているかどうかは分からないが、とりあえず

「ちゃんと倒れている男性の様子見をしている場面」を女に披露することが大切だ――こうなったのも、あの日魔が差したせいだとしたら、自業自得だな――自嘲気味に思いつつも寝目田は「それらしい場面」の演出に勤しむ。


 そしてそれは、数分後に救急車が到着するまで続き、その頃には離れの前の女の

姿はいつのまにか消えていた。

      

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