第19話 行方
「大変っ! 早く救急に電話をしないと!」
先に我を取り戻した富子は、鞄からスマホを取り出す。
「いや、その前に女の人の様子を見てきましょう! 救急隊員も状態を聞いたうえで準備して来るはずですから」
動揺しつつも、駅員を務めているだけあって、さすがに有家は冷静だった。
「そ、そうね。確かにそうだわ……!」
初めて遭遇する場面に気ばかりが焦っていた――そう悟ると富子は手にしたスマホを一旦鞄に収め、有家と一緒に敷地内の女性が落ちた側へと向かう。
急ぎ足で敷地内を進むと、敷地内の木々はどれも丁寧に
ところどころ顔を出してはいるものの、つい最近まで人の手が入っていたことが
わかる。
その中でも特に枝ぶりの良い松の木の下を通り過ぎるとき、富子は思い出した。
(そういえば、ちょうど今通り過ぎた松の木の下辺りに不気味な男の子が居たから、母屋に視線を向けることになって――)
「……いつの間にか居なくなりましたね」
無意識のうちに声に出していたのだろうか、富子の気持ちに応えるかのように、
隣で有家が言う。
「でも今は飛び降りた女性の方が心配です。あの子のことは後にしましょう」
またも冷静な判断を下してくれた有家だったが、真っ青な顔色をしている。
おそらくこういった場面に遭遇したのは初めてなのだろう。
駅員をしていると言っていたから、こういった場面には何度か遭遇した経験があるものと富子は勝手に思っていたのだが、そうではないようだ。
彼の負担を減らすためにも、まずは女性の容態を確認することが先決だ。余計な
ことは考えないように富子は頭を振ると、少し先を歩く有家の後ろに続く。
隣家との境にある塀のところで右に曲がり、母屋を回り込み、女性が落下したと
思しき場所に辿り着く。
だが、そこには誰もいなかった。
その場所に面している母屋には締め切ったカーテンのかかった大きな窓があったが、中からしっかりと施錠されている。その前に作られたトマトやナスが植えられた家庭菜園も特に異変は見当たらない。
もちろん怪我をした女性が、自力でどこかへ動いた可能性はある。
だから女性が落下したらしき場所だけでなく、母屋周辺を全部くまなく有家と二人で見まわったが、女の人どころか誰の姿もなかった。
ひと通り探し終えて母屋の正面に戻った二人は、途方に暮れた。
「平屋の屋根からですから、死ぬことはないと思いますし、骨折や捻挫したとしても少しは動けるかもしれません。でも落下してすぐに、一人でそれほど遠くまで行けるとも思えないんですけれど……」
「……そうよね。女性が落ちたのは確かにこの目で見たのに……。あなたも見たでしょう?」
「はい……。本当に何がなんだか……」
富子と目が合うと、有家も何とも言えない表情で困ったように言った。
慌てて救急車を呼ばなかったのは良かったが、説明のつかない出来事を前に二人の前に沈黙が落ちる。
しばらくの間そうしていると、不意に有家が口を開いた。
「あっ、あの子、また……」
一旦はその存在を保留にしていた先ほどの着物姿の男の子が、女性が飛び降りて
落下したとおぼしき場所の辺りからこちらを
「まさか、あの子のいたずらじゃないだろうな」
独り言のように呟くと、有家は「ちょっと見てきます」と不機嫌さを表すように
足音を立てて、男の子の方へ向かった。
すると5分もしないうちに有家が駆け戻って、息を切らしながら言った。
「大変です! 中で人が倒れています!」
その言葉に富子も急いで母屋を回り込み、有家が指さす方を見ると、先ほどまで
締め切られていた母屋の大きな窓にかかっているカーテンが開いていて、中で男性が倒れているのが見える。
「…………!」
今度こそ富子は鞄から取り出し、急ぎ119番を押した。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます