第18話 思いがけない怪異

「あれって……」


 まだ幼稚園に入る前くらいの年齢に見える小さな男の子が、母屋の部屋の中から

大きな窓越しに外をのぞいている。


  母屋にある横長のフランス窓には緑のカーテンがかかっていたのだが、男の子は小さな手でカーテンをたくしあげていたので、外からもその姿が見えた。

 

「どうしたんですか?」

 

 富子の視線が一か所に固まって動かないのを見て、有家が不思議そうに富子の方を

見る。有家の声に一瞬そちらを向いた富子がもう一度母屋の方に向き直ると、男の子は庭先にいた。


「え?」


 富子が横を向いたのは極わずかな時間で、あんな小さな子が玄関から外へ出て来れるわけがない。仮にフランス窓に鍵がかかっておらず、外を通って庭に出たとしても、距離がある。


 更に富子の目を引いたのは、男の子の恰好だった。

 玄関と離れの中ほどの場所に立っている男の子は今時珍しい着物姿で、しかも   晴れの日のために特別にあつらえたというよりは、普段着として着用するため

動きやすさ重視で作られたようにみえる着物だ。


『女と男の子が……』

『未亡人は子どもをあの離れで首を絞めて殺し、自分も近くの永美川に身を投げて

しまった』


 優良と住職の息子の言葉を思い出し、富子は背筋が寒くなるのを感じた。


(まだ日も高いのに、まさか、そんな……)


 得体の知れない恐怖で固まってしまった富子を観察するかのように、男の子はジッと富子と有家の方を見つめている。

 年相応の人見知りや人懐っこさがまるで感じられない無表情な顔で、何かを見定めようとしているかのように。

 

「あれ? 男の子がいますね……」


 その視線の強さに、有家も男の子の存在に気づいた。

 男の子は見知らぬ大人ふたりと対峙しても怯えることも、笑いかけることもなく、ただ無表情のまま立っている。


 だがこのまま見つめ合っていても仕方がない。

 ここに来るのはこれで最後。

 気になることは後悔しないよう聞いてしまえ――そう思った富子は思い切って

男の子に話しかけることにした。


「ぼく、ここの家の子?」


 富子がそう尋ねても、男の子はやはり無反応のまま、ただこちらを見ている。


「誰か、お家の人はいる?」


 やはり反応はなく、心なしにらんでいるようにすら見える。


「まだお話が出来ない年齢なんでしょうか?」


 あまり子どもの事を知らない有家からすれば、小さな子が話す年齢など想像も

つかない。だから子どもの様子を少し異様に思いつつも、富子ほど恐れているよう

には見えない。


 いずれにしろ何も答えてくれない子どもに、どうしたものかと二人で顔を見合わせていると、男の子がおもむろに右手を上にあげて手招きをした。


「家においでってことですかね?」


「……みたいね」


 二人でささやきあって、もう一度男の子の方を向き直ると、今度は玄関のすぐ前に立っている。


「え? どういうこと……でしょうか? だってさっきまで……」


 動揺する有家に、追い打ちをかけるように富子が叫ぶ。


「あれっ! 女の人!」


 富子が指さす母屋の屋根には、白いシャツに黒いロングスカートを着た女の人が立っていた。

 虚ろな表情のそのひとは、2、3歩進んでは躊躇うようにまた戻る――フラフラとそんな奇異な動きを繰り返している。


「うわっ、本当だ! あんなところで何を……! ってまさか!」


 緊急事態に、二人は慌てて女性が立っている母屋の屋根の方へと駆け出す。

 言葉がなくとも、こういう時に思うことは同じだ。


 すると二人が女性を助けに行こうとする矢先に、女性が屋根から飛んだ。


 

 そのままちょうど二人のいた歩道からは真反対の方向へと、華奢きゃしゃな身体が消えていく。


「…………」

「…………」


 その一部始終を目撃した二人は、もはや言葉も出ず、ただその場に立ち尽くすしかなかった。

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