第17話 最後の訪問
「遠方からわざわざお越しくださり、ありがとうございました。私から開ノ戸さんのお宅にご連絡して、ご不在なら念のためご自宅をお訪ねします。もちろんお二方のご用件も私の方からお伝えいたしますので、後のことはご心配なく」
そう有家と共に寺を送り出された富子は、なんとなく有家と駅へ向かう道を一緒に歩く。予想外にすんなりと一件落着してありがたい反面、なんだか現実味がない。
考えてみれば、こうしてもう二度と来ないかもしれない住宅街を歩いているのも、なんだか夢の中の一コマのようだ。富子はふわふわとした、自分でも捉えようのない気持ちになる。
「……最後に一度、開ノ戸さんのお宅に行ってみませんか?」
先ほどからしきりに考え事をしていた様子の有家が、思いがけない提案をする。
「離れの前を確認するんですよ! 開ノ戸さんは毎日のように離れの前に花を供えていたんですよね? それなら花がちゃんと供えられていたら、開ノ戸さんが無事と
いう証拠になるんじゃないですか?」
良いことを思いついたとばかりに、少し興奮気味に有家が言う。
有家に言われて、富子は立ち止まり、記憶を手繰り寄せる。
「そうね。でも確か、赤い花が供えられていたけれど、すっかり枯れていたわ。その時は申し訳ないけれど、ちょっと不気味に思ったから記憶にあるの」
優良が話してくれた離れでの出来事が頭にあったからかもしれないが、妙に鮮明に覚えている記憶だ。
「花、あったんですね。全然、気づきませんでした。でも枯れていたのなら、心配
ですね……」
「ええ。でも、先ほどのお寺の息子さんが連絡を取ってくれるから、後はお任せしましょう」
富子がそう答えると、有家は少し困った顔で視線を
それが何を意味しているのか分からず、富子は有家の次の動作を待った。
「……あの、やっぱり最後にもう一度開ノ戸さんのお宅へ行きませんか? 駅前で花を買って僕たちも離れの前に供えましょう。ほら、僕たちは多分もうここに来ることはないですよね? だったら念のために……ほら、あんな話を聞いてしまったことですし……」
なるほど。あの話を聞いた有家は、あの家と妙な縁が出来たことを機に呪いのようなものが自分の身に降りかからないか不安なのか――と富子は察した。もしかしたら初めから有家の本題は、こちらだったのかもしれない。
まだ日も高いし、時間もある。
あまりそういった類の話は気にしない富子も、改めて言われてみれば、今日を契機に妙なことが続いてしまってはたまらない――と気になってきたので有家の提案に
乗ることにした。
一旦駅前に行って、駅ビルの1階にある花屋で仏前に供えるのに良さそうな花を
店員に見繕ってもらうと、再び二人で開ノ戸さんの家へと向かう。
この頃には大分打ち解けてきた二人は、軽口を叩きながら坂を上る。今日だけで
何度も往復した坂だ。朝よりも景色に親しみを感じる。
生活音と小さな子どもの声が聞こえるなかを談笑しながら歩いていると、恐ろしい気配など
古びた離れの前には、やはり干からびた赤い花が置かれていて、気まぐれに風が
吹くたびにピクピクと動く。その様は死に
「あ、本当だ! 赤い花が供えてありますね」
おもちゃを見つけた子どものように、場にそぐわない高揚した声で有家が言う。
有家の大きな声を聞きつけて、また近隣の人たちがこちらに出てこないかと富子は思わず周囲を見渡す。視界には誰も映らなかったのに安心すると、心なし小さな声で富子は促す。
「私の言った通りでしょう。さあ、買った花を供えましょう」
赤い花の近くに買った花を供えて、二人は目を閉じ手を合わせた。
「では、行きましょうか」
ひとしきり母子の冥福を祈ると、富子はまだ懸命に祈りを捧げている有家に
言った。そして帰ったら優良に今日の顛末を報告するためにも、離れと母屋の様子を
これが最後と目に焼き付けることにした。
改めてみる離れは年代のせいか黒ずんではいるが、汚れや破れなどはほとんどなく
荒れた印象は受けない。家の主は母屋と同じく、この曰く付きの離れの手入れにも余念がなかったのだろう。心優しい性格の片鱗がうかがえる。
寺で聞いた話と同じだ――と感服しながら、富子は視線を今度は母屋に移す。
すると母屋から、小さな男の子が顔を出しているのが見えた。
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