第15話 安鎮寺
「それじゃあ、その『安鎮寺』というお寺に行ってみましょうか?」
二人が立ち去ると、青年は当然のごとく提案してきた。
「え? でも、なんだか大事になってしまわないかしら?」
この頃には、もうここは出直して手紙だけでもポストに入れればいいかと、
富子は思い始めていた。
この家の
それに家主はどこからか富子たち訪問者のことを見ていて、あえて居留守を使っている可能性だってある。素直にそう主張すると、青年は「万が一ということもあるので、ここは大家さんに異変だけでも伝えましょう!」と譲らない。
そう言われてしまうと、どちらがより理にかなっているのかと言われれば、青年に軍配が上がる。
結局、あまり乗り気ではないものの、反論が思いつかなかった富子は青年とともに大家であるという安鎮寺へと渋々向かう羽目になってしまった。
***
道すがら、青年は不思議な話をしてくれた。
富子があまり乗り気ではないことを察したのだろう。
なぜ自分がそこまで家主の安否を気にしているのか――打ち明けてくれた
その理由は、社会問題に起因するのだろうという富子のごく常識的な予想に
反して、怪談噺の類に含まれそうな内容だった。
青年は改めて「自分は、この場所からほど近い永美川駅で駅員をしている
不思議な出来事の数々について語りだした。
永美川駅には、毎日午後三時になると駅務室に電話がかかってきていて、
その電話を邪魔するような行動をした客はもれなく怪我をしていた。
それ以来、駅で女性を目撃したという客が何人もいたが、有家には見えな
かった。
そして結局その忘れ物は発見されたものの、落とし主によるとその家に女性
はおらず、男性が一人しか住んでいないことが分かった――優良の話よりは禍々
しさは控えめな話だが、話を信じるかどうかは相手によってかなり異なる類の
内容だ。富子だって優良の一件がなければ、話半分に聞いてしまっていたこと
だろう。
「そんなことがあったので、ここで放っておいてしまったら、家主の亡くなった
奥さんに呪われてしまうのでは……なんて思ってしまいまして。すみません、僕
の勝手な事情に、巻き込んでしまって」
言い訳するように、少し早口で有家は釈明した。
今までならともかく、優良の話を聞いた後だ。
普段はいわゆる「常識」を通して物を見る傾向のある富子にも、有家の得体の知れないモノに怯えてしまう気持ちや、解明してスッキリしたいという願望は分からないでもなかった。
それにこういった話をしてくれるということは、当然その手の話には耐性があるということ。俄然、勇気づけられた富子は、自分も有家に打ち明けることにした。
「そんな事情があったのね。実は私も有家さんに話していなかったことがあるの……」
富子もお返しに自分の名前を名乗ると、先ほどは省略した「女と子ども」について付け加えて、もう一度あの離れで孫娘と娘の身に起きたことを話した。
「うわっ、そんなことが、あの離れにあったんですね……。やっぱり亡くなった奥さん、あの家でまだ旦那さんのことを心配しているんですかね……。それなら、やっぱり大家さんに話をするっていうのは、正解だと思いますよ」
有屋は富子の話をすんなりと受け入れると、おそらく事情を知っているだろう大家に異変を伝えに行くという、自分の提案はやはり正解だったと胸を張った。
「自分が所有する土地や建物のことですからね。しかもお寺さんなら、改めて供養をしてくれるかもしれませんよ!」
あえてなのか明るい口調の有家と晴れた日の住宅街を歩いていると、恐ろしい
心霊現象すら遠い国のファンタジーのように現実味がなくなり、話題の1つへと
矮小化されていく。
場繋ぎ代わりの互いの心霊話をしながら歩みを進めていると、家々の立ち並ぶ
一角にいきなり切り取られたように白い塀に囲まれた純和風の空間が現れた。
入口らしき正面には大きな山門があり、山門の向こうには寺院らしき立派な屋根
が見える。
有家と共に「安鎮寺」という扁額を掲げた寺門をくぐり、中へ入ると、大きな寺院建築の横には、近代的な住居が隣接している。住居の方に向かい、インターホンを押すと、若い男性の声が聞こえた。
「はい。『安鎮寺』です。どちら様でしょうか」
有家が簡単に自己紹介と訪れた理由を話すと、すぐに十代後半くらいの髪を剃り上げた穏やかそうな垂れた眉と瞳の男性が玄関から姿を見せた。聞けば、住職の息子だという。優しそうな住職の息子は、地元に根付いている寺だけあって、今日も葬式が2つ入っているため住職は夜まで留守だと申し訳なさそうに言う。
その代わり彼は「開ノ戸さんなら、どこか旅行に行っているのかもしれません。
一応後から私が様子見に参ります」と約束してくれた。
そこでようやくホッとした有家が、世間話代わりに駅で起きた異変と富子の話も端的に伝えると、住職の息子の顔色が変わった。
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