富子

第9話 訪問者


 よく晴れた日曜日の昼下がり。

 高らかにチャイムが鳴ったので、富子がインターホンのモニターを確認すると

珍しい顔が映っていた。

  

「……優良!」


 インターホンの前にいる客は、再婚して以来、あまり顔を見せなくなっていた

娘の優良だった。


 茶色に染めたセミロングの髪は正月に会った時よりも艶があり整えられており、

服も皺などなく全体的に清潔感がある。育児や家事に少し余裕が出てきた――素直にそう思っていいのだろうか。

 

「お母さん、久しぶり。ちょっといい?」

 

 モニターに映る優良は、少しバツの悪そうな顔でそう言うので、富子は玄関扉を

開けてやった。


 そして呑気にテレビを見ている夫に娘の来訪を知らせると、玄関に急いだ。


 そのまま富子が玄関の上がり框の上で待っていると、玄関扉が開き、はじめに

優良、次に孫娘の紗矢、最後に優良の再婚相手の外和山とわやまが現れた。


「おばあちゃん、こんにちは。さやたち、今日はねこさんのお店に行ってきたん

だよ」


 紗矢が嬉しそうに、富子に報告する。

 すると優良が悪戯っぽく付け足す。


「ふふっ、お父さんが、ねこカフェと猫のグッズが売っているお店と間違えたん

だけれどね」


 それを聞いて、外和山が困ったように頭をかく。


 「……面目ない」


 それは紛れもなく幸せそうな家族の姿で、今年の正月に来た時とはまるで違って

いて、富子は思わず目を丸くした。

 

 優良たち一家は、盆や正月に儀礼的に来てはくれるものの、来るたびにどんどん

大人しくなっていく孫娘、紗矢を見ては、やっぱり再婚を許したのは間違いだった

かと随分気をもんでいた。


 比較するのは良くないとは思うが、娘の前の夫は賑やかで子どもと本気になって

遊びに付き合うタイプだったが、再婚相手は寡黙で初婚で子育て経験がない。紗矢

と上手くやっていけるのかと心配はしていたのだ。そこに来て、紗矢の変化だ。

心配しない親などいないだろう。


 不意打ちで様子を見に行って、ちゃんと生活が上手くいっているのか確かめに

行こうと何度となく夫と話していた矢先のことだった。

  

 それが、今目の前にいる紗矢は、表情は明るく、前のように大人の目を気にして

俯いていたのが嘘のようだ。何か尋ねても一言二言くらいしか答えてくれなかった

のが、今日は自分から積極的に話してくれる。単に成長の証なのかもしれないが、

雰囲気は再婚前の紗矢に戻ったように見える。


 服装も優良同様、どこか草臥れていたのが、きれいに整えられているものへと

変化していた。


 正月にそのことを指摘した時には、目を吊り上げて優良から反論されたが、今日

に至っては文句つけようのないほど身だしなみが整っている。


 更に驚いたのは外和山だ。


 メガネの奥に隠れた目からは、あまり感情が読み取れず、富子夫婦たちとの会話

でも間が持たないことが多々あったのだが、今日は違う。困ったり、笑ったり、

感情表現が今まで見たことのないほど豊かになっている。


(何があったんだろう……?)  


 よい変化であることは間違いないものの、あまりの変わりぶりに戸惑いながら、

富子は夫の待つ応接間へと三人を招き入れた。


 いつの間にか富子の夫が用意してくれていたコーヒーとジュースを飲みながら

話していると、夫も三人の変わりように驚き、意味ありげに何度も富子に目配せを

してくる。


 ここまででも驚きの連続だったのに、さらに結婚の挨拶のときですら口数の

少なかった外和山が「今までは家族や親族との付き合い方が良く分からなくて、

あえて干渉しないようにしていました。でもそれは間違いだと分かったから、

これからは距離を縮める努力をする。時間がかかるとは思う……いや、思いますが」と堰を切ったように打ち明けてきた。


 少し早口で、時折敬語とそうでないものが混ざるあたり、自らの心の内を他人に

打ち明けることには慣れていないということを物語っている。それなりに勇気を

出して言ったのだろう。その表情は真剣そのものだった。


 本当にいったい何があったのかと面食らった富子と夫は、顔を見合わせてから小声

で娘に尋ねた。


「一体何があったの?」

「そうだ。何があった?」


「うん。後から説明する……」


 優良は、紗矢を外和山に外に連れ出してもらって、富子と夫の三人で話がしたいという。同時に既にそういう約束をしていたのか、外和山が慣れた様子で紗矢の相手を引き受けている様子に、富子は改めて目を見張った。

 

 驚きの連続で優良に尋ねたいことは山ほどあるが、後から説明するという娘の言葉を信じて、富子はその機会を待つことにした。


 外和山と紗矢の二人が富子たちの住む家から出て行ったことを確かめると、優良は応接間に戻ってきて奇妙なことを言い出した。


「……私、霊に呪われているのかもしれない」

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