第7話 面倒事は物理的に流しましょう

 妲己だっきらと別れた。

 あおいは河川を下っていると。

 一人の中年の男が目に入る。



 中年の男は木を背もたれにして。

 流れゆく水を眺めていた。



「よっ、おっさん。暇そうだな」



「お、おっさん?」



 中年の男はおっさんと呼ばれたことに。

 戸惑いを見せる。



 碧は男性の身なりと。

 少し膨れたお腹を見て。

 頷いてから問いかける。



「……なぁ、おっさん。単刀直入に聞くけどさ。アンタ、偉いヤツなのか」



「まぁ、偉いと言えば、偉いのだろが。どうしてそう思ったのだ」



「手を見りゃ分かる。アンタの手は綺麗すぎる。其の手と太った腹で、一般人は流石にねぇだろう。……で、どんだけ偉いんだ。まさか、王って訳じゃねぇだろうからな」



「何故、王ではないと思うのだ?」



「王が護衛も付けずに、こんな河川で一人いねぇだろうからな。……第一、此の時代、すげぇ乱れてんだろう。そんなやべぇ時に、護衛も付けずに河川でボーっとしてるだなんて考えられねぇよ。仮に、そんな王がいるとするなら、よっぽどの馬鹿か暗君だろうよ」



「……馬鹿か、暗君か」



 中年の男は自嘲紛いに呟くと。

 碧はその反応を見て。

 血の気が引き。

 表情を苦くして言う。



「え、えーっと。そちらのダンディーなお兄さん。今更ながらお聞きしますが。……よもや、夏の王様ってわけではないですよね」



「いいや、違うぞ」



「あっぶねぇ! 焦らせやがって。てっきり、この中年太りのさえないおっさんが、夏王だと思っちまったじゃねぇか! 王にこんな口きいたら処刑まったなしだろうからな」



「……巷では夏王ではなく。暗君と、呼ばれておるからな」



 碧は面白い表情になって固まる。

 


「どうしたのだ。面白い表情で固まって」



 碧は平伏しながら舌を舞わせる。



「……暗君と世間一般では言われているようですが。夏王様が一人外出できるのも、全て、大陸が治まっておるからです。まさか、こんな所でお会いできるとは、おお、後光が眩しすぎて立っていることすら間々なりませぬ。まるで太陽のようです!」



 夏王は陰鬱とした表情を浮かべて言う。



「……其処まで遜る必要はないぞ。余が暗君なのは分かりきっておるからな」



「しょ、処刑は?」



「案ずるな。余が傷つけられるようなことがあらば、話は別だが。言論まで縛る気はない」



「……ふぅ、焦らせやがって」



 碧が安堵の溜息を漏らすと。

 夏王は問いかけるように尋ねる。



「しかし、お主、面白い奴だな。お主、名は何と申す」

「碧と申します。貴方様は夏王様でよろしいでしょうか」



「そんな堅く話さなくとも良い。先程のように気軽に話して貰える方が助かる。気を遣われるのは、王宮で十分だからな。……そうだな。親密の証として、余のことはけつと呼んでくれ」



「そうかい。なら、普段通りに話させて貰うぜ、桀」

「…………」



「どうしたんだ。そんな顔をして」



「いいや、久方ぶりにその名で呼ばれた気がしてな」



「まさか、王宮でも暗君って呼ばれんのか」



「流石に、其処まで馬鹿にはされてはおらぬよ。ただ、其の名を呼んでくれた妻が久しく呼んでくれぬ事を思い出してな」



 桀王は朗らかな笑みを浮かべると。

 妲己と青年を乗せた哮天犬こうてんけんが。

 桀王を踏みつける形で急落下してくる。



「ごふっ!」



 桀王は哮天犬に踏み潰され。

 泡を吹いて気を失う。



「詐欺師さん。ツンデレさんのお仲間は皆、大丈夫でした。農奴として頑張ってました」

「何一つ大丈夫じゃねぇよ。お、おまっ。下、したぁ!」



 碧が蒼白した表情で哮天犬の下を指差すと。

 妲己は哮天犬から降りる。



「おお、頭から血を流して。気絶してますね」



「この程度で気を失うとは軟弱な奴だな。どんなひ弱な奴が……」



 青年が哮天犬の下になっている。

 桀王を見ると蒼白する。



「……悪ぃ。急に走りたくなってきた。大陸の果てまで走ってくるわ」



「待たんかい。実行犯。逃がさねぇぞ」



 青年は冷や汗を流しながら叫ぶ。



「ありえねぇよ。王を傷つけ。気絶させたとかありえねぇ。拷問の末、処刑待ったなしじゃねぇか。どうすんだよ、本当にどうすんだよ!」



 妲己は河川を見つめて呟く。



「……河川が、ありますね」



「「それだぁ!」」



 碧と青年の息が始めて合う。



 調停者と青年により。

 時代を担う王が。

 物理的に流されようとしていた。

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