第4話 前世をちょっと思い出したみたいです


 あおいが青年を呼び止めようとすると。

 三十名近くの青銅の鎧を纏った男達が現れた。



 金色の剣を帯刀している短髪の男は。

 気を失っている。

 白髪の男を踏みつける。



「おいおい。何やっちゃってんの。ガキの一人にこんな手こずりやがって」



 青年は驚いた表情を浮かべる。



「なんで、てめぇが此処にいる。……俺の仲間どうした」



「あぁ、君の仲間ね」




 短髪の男は頬に付いた。

 血を指で拭いて言う。



「……さぁ、どうなったんだろうねぇ」

「てめぇ」



 青年が苛立った表情で剣を構えると。

 短髪の男は前に出た。



「しっかし、君も馬鹿よねぇ。そんだけ、昆吾伯こんごはく……いや、自分の父を憎んでんだったら。背後から刺せば終わる話だったのに。馬鹿正直に決起なんてしちゃって、頭悪いねぇ」



「正面から斬らなきゃ、俺の腹の虫が治まねぇんだよ」



 短髪の男は嘲笑紛いに拍手する。



「ご立派、ご立派。……で、そのざま? 呆れてモノも言えないよ。折角、僕が君と親父さんの中を取り持ってやったのに。無駄にしちゃって。恩を仇で返された気分だよ」



「てめぇに恩なんぞ感じるかよ。利用できるモノは利用するのだけだ」



「ああ、そうかい。やっぱ似るんだねぇ。……自分以外を見下し。使えなくなると捨てるところ。喜びなよ。君は紛れもなく。あの昆吾伯の息子だよ」



「…………っ」



 短髪の男は呆れ紛いに。

 手を上げる。



「まぁ、何にせよ。此処で、君は終わりってことだ。……やれ」



 短髪の男が軽く手を下ろすと。

 一斉に三十人近くの兵が動き出した。



 青年は剣を強く握り締め。

 緩やかに前に進む。


 

 碧が前に進む青年に向けて叫ぶ。



「馬鹿、逃げやがれ!」



 青年の頭に血が上っており。

 剣を握りしめたまま駆け抜ける。


  

「……っ、妲己だっき、何か宝具を貸せ。このままだとアイツ、殺されちまう」



「宝具? そんなの不要ですよ」



「何言ってやが……」



 妲己は哮天犬こうてんけんを撫ぜながら言う。



「忘れたのですか。時代の加護を得た人間は人の枠組みを超えると。あの程度の人数では、傷一つすらつけられません」




「はあぁぁ!」



 青年は自らを奮い立たすように。

 声を荒げると。

 青年の瞳が黄金色に光り輝き。



 相手の動きがゆっくりと。

 未来の動きを。

 予期するかのように映り込んだ。



 時を支配したかのような光景であり。

 青年は最小限の動きで。

 次々と斬り伏せていく。



 十名近くが崩れ落ちると。

 短髪の男は舌打ち紛いに言い放つ。



「近づくな。矢だ、矢を使うんだ!」



 青年は歩を進め。

 矢の一本、一本を見切るかのように。

 最低限の動きで躱し。

 前へ進み続ける。



 先陣の男に近づくと。

 歪な笑みをして。

 青銅の鎧ごと斬り伏せた。



「……がっ」


 

 男が崩れ落ちると。

 青年は高笑いして。

 天を見上げる。



「はっ、はははは!」



 妲己は青年を見据え。

 口元に人差し指を当てる。



「マズいですね。あの青年、時代の加護に取り込まれています」



「取り込まれるって、どう言うことだ」



 碧が妲己に問いかけると。

 妲己は残念そうに言う。



「加護を素養ある人に渡すのには理由がありましてね。常人が人の枠組みを超える力を手に入れると、あの様に暴走するのです。……王朝を打ち倒すことは出来るでしょうが、所詮は奸雄。新たな時代を導く英傑には成り得ません」



 青年の狂気じみた。

 笑い声を目の当たりにした兵達は。

 武器を捨てて次々と逃げ始める。



「……ば、化物だ! 逃げろぉ!」



 一人残された短髪の男は舌打ち紛いに。

 青年に斬りかかると。

 青年は黄金の剣ごと叩き切る。



「……青銅の剣ごと、俺を斬った、のかい」



 短髪の男が崩れ落ちようとすると。

 青年は男の髪を掴みあげる。



「なに、倒れてんだ。立てよ。こっちとら、まだ血の気がおさまらねぇんだよ」



「……さっさと殺しなよ」



「つまんねぇ奴だな」



 青年は躊躇うことなく。

 剣を男の首に突きつけようとすると。

 開天珠かいてんじゅが青年に向けて放たれる。



 青年は剣で叩き落とし。

 碧を睨み付けた。



「なんだ、邪魔すんのか」



「抵抗できねぇ奴を斬って何が楽しいんだ。さっさと剣を下ろしやがれ」



「今、気分が良いんだ。邪魔すんだったら。テメェも斬るぞ」



 碧は大袈裟に溜息を吐いて。

 言い放つ。



「……はぁ、とんだ誤算だ。お前が其処まで、弱ぇ奴だと思わなかった」



「俺が弱ぇだって。おもしれぇ冗談を言いやがる。俺は此処にいる誰よりも、いや、大陸の中で誰よりも強ぇ」



「其れが弱ぇんだよ! 本当に強ぇ奴ってのは、力なんぞに溺れやしねぇ。力に溺れるなんぞ……」



 碧の頭に激痛が走る。



「……っ!」



 数多の光景が脳裏に錯綜し。

 いつぞやの大陸の情景が浮かび上がる。



 一国の大都市では。

 老若男女関わらず。

 数千の人々が。

 全て吊され。

 


 瓦礫の痕跡すら。

 赦されず。

 其の都市は。

 文献からも抹消された。



 其の惨劇は。

 一人の青年によって。

 引き起こされており。

 其の青年の後ろ姿が浮かび上がる。



「……力にな、力に溺れている時点で! あのクソ野郎と大差ねぇんだよ!」



 妲己は驚いた表情で碧を見つめる。

 碧の瞳は紫眼しがんに光り輝いており。

 思わず口が開く。



「ぜ、前世の、記憶が蘇ったのですか?」

「…………うっ」



 碧は僅かばかりよろめくと。

 目の色は普通に戻り。

 頭から手を放す。



「なんだ。今の記憶。よくわかんねぇが、すげぇ、イライラする」



 青年は嘲笑紛いに言い放つ。



「あまり偉そうな口を叩くなよ。俺の気分一つで、お前の首は飛ぶんだからな」



「……っ。妲己。何か剣を貸せ。俺がアイツに分からせてやる」




「わ、分かりました。はい、そんな時の哮天くんです」

「犬(けん)じゃなくて剣だよ、剣!」



「怒らないで下さいよ。剣の宝具なら一杯あるんですけど。人である。貴方が扱えるレベルまで落とすとするなら」



 妲己は袖の中から紫の剣を取り出して言う。



「この剣。太阿たいあの剣ですかね。此の剣は、文字通り、全てを叩き斬ります。剣と鎧で身体を守っても、あら不思議。身体ごと全部斬れちゃています」



「そんなもので斬ったら。加護与えた意味なくなるじゃねぇか! と言うか、其のレベルでマシなの。どんだけやべぇ宝具持ってんの!」



「うーん。なら、この莫耶ばくやの剣はどうです。敵意ある攻撃に対して自動で迎撃します。ただ、代償がありまして」



「不幸なら受け止めてやるよ」



 碧は莫耶の剣を握り締め。

 青年の前に立つ。



「さぁ、来やがれ。俺がお前に教えてやるよ。本当の強さってやつをな」

「…………」



 時代の加護を受けた者と。

 神の使いである調停者。

 時代の行く末を定める。

 戦いの序幕が開かれた。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る