第3話 時代の加護を与えましょう

 妲己だっきは後頭部を擦りながら。

 緩やかに起き上がる。 



「ああ、痛かったです。不意打ちは結構痛いです」



 妲己が周囲を眺めると。

 あおいは倒れた青年に駆け寄っていた。



「臓器が貫かれてやがる。……妲己、なんか治癒できる宝具とかはねぇか? このままだと、コイツ死んじまう」



「ないことはないのですが、此の状況だと難しいですね」



 碧は余裕ない顔立ちで。

 青年を見つめると。

 青年は衰弱する意識の中。

 漏らすように呟く。



「……さん」



 碧はその言葉を聞き。

 瞳が大きく見開いた。



「……なぁ、妲己。一つ聞きたいんだが」

「はい、なんでしょうか?」



「加護って奴は、人の身を超える力なんだろう。もし、其の加護を与えれば、此の傷を治すことは出来るのか?」



「まぁ、この程度でしたら。加護の自然治癒で治るでしょうね」



「そうか。なら、コイツに加護を与えてやってくれ」

「はいはい」



 妲己は適当に返事した後。

 言葉に意味を理解して。

 驚愕の表情をする。


「って、えぇ! 正気ですか! 見ず知らずの人に加護を与えるだなんて。そもそも、此の青年が英傑の素養があるかも分からないのですよ」



「関係ねぇよ。仮に、英傑の素養がなくとも、俺の舌先三寸で何とかする。だから、さっさとやってくれ。迷っている間に、コイツは死んじまう」

「で、でも……」

「頼む」



 妲己が困惑していると。

 伏羲ふっきに言われた言葉を思い出す。



(……黄宮碧こみやあおい。彼は前世にて、舌先三寸で、修復不可能とまで言われた乱世を終わらせた人物だ)



 妲己は観念するような溜息を漏らし。

 青年の元に歩み寄る。



「……分かりました」



 妲己は青年の前に立つと。

 両手を広げた。



「調停者、妲己の名の下に命じます。彼の者に大陸の栄光と繁栄を。彼の者に時代の加護と福音を。……全ては只、ただ、伏羲の織りなす時代の為に」



 妲己が詠唱を終えると。

 八卦が浮かび上がり。

 青年に巻き付くように入っていった。



 青年の血色が良くなり。

 腹部からの出血も止まる。



 妲己は碧に振り向いて言う。



「一先ず。これで大丈夫だと思いますが……本当に良かったのですか。こんな青年に加護を与えて」



「構わねぇよ。少なくとも、コイツは悪い奴じゃねぇからな」

「…………」



 妲己は生真面目な表情で。

 倒れ込んだ青年を見つめていた。




 十分ほど経つと。

 青年は目を覚まし。

 上体を起こす。



「……っ。確か、俺は胸元を刺されたんだよな」


 

 青年が自らの胸元を見るが。

 傷は塞がっており。

 衣類に染みた血の跡だけが残されていた。



「どうなってやがる。傷がねぇ」



 青年が目を覚ましたのを見計らって。

 碧が近づく。



「やっと起きたか。寝ぼすけめ」

「誰だてめぇ」


 青年が警戒しながら言うと。

 碧は堂々と返す。


「お前の恩人だよ。なんだって、お前の命を助けてやったんだからな」

「助けたって事は、お前が、アイツらを倒したのか」



 青年は横たわっている。

 男達を見て言う。



「いいえ、倒したのは私で……」

「その通りだ。そして、お前は俺の言うことに従う義務がある。なぜなら……」



 碧は大げさに立ち振る舞い。

 言葉を続ける。



「俺は此の大陸を調停する為、異なる時空からやって来た。調停者様だからだ」



「頭でも打ったか?」



「信じぬと言うのなら、奇跡の御業を見せてやろう。……妲己君。さっきの氷結させた宝具を使い給え」



「本日の不幸キャパシティが超えたので。今日は、もう宝具使いませんよ」



「不幸キャパシティってなに! 初耳だよ、妲己君!」



「今、無理に使っても碌な事が起きませんよ。其れでも良いというのなら、使いますけど」



「……因みに聞くけど、どんなことが起きるの」



「前は、無理に使って。宮殿の離れが地震により沈没しましたね。その前は、自然発火現象が立て続けに起こり。宮殿が燃え尽きました。私は大丈夫なんですけど、周囲に凄い不幸が舞い降ります」



「よし。今日はもう使うな。代わりに俺が使う。何か、すげぇと思わせる宝具を貸せ」



「そうですねぇ。……貴方が扱える宝具となると。これぐらいですね。哮天犬こうてんけん、哮天くんです」



 妲己の袖から小型犬が現れた。



「ワン、ワン、ワン」



「可愛いでしょう。掌サイズの子犬ちゃんですよ」

「其れを、どう使えって言うんだよ!」



「言っておきますけど、こんなに可愛くても立派な宝具です。……お手も、お座りもできるのですよ。哮天くん。お手」



「ワン」



「其れはお手じゃなくて、座りですよ。ああ、でも、癒やされますぅ」



「阿呆らしい。じゃあな、馬鹿共」



「ま、待て。いや、待ってぇ」



 碧が加護を与えた青年は早くも。

 調停者を見限ろうとしていた。



「いや、ほんとに待ってぇ!」

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