第2話 妲己ちゃん宝具を使います

 あおい妲己だっきは森林の中を彷徨っていた。



 碧が落下の途中で投げ捨てた。

 宝具、紫綬しじゅの衣を探しており。

 妲己はあわあわしながら探し回る。



「ど、何処にもありません。何処に行ったのです」



「なぁ、もう暗くなってきたしさ。明日にでも探そうぜ」



「駄目です。あれは、可愛い妹から貰った特別な宝具なのです。無くしたなんてバレたら。ああ、恐ろしいです」



「大切なの、恐ろしいの、どっちなの」

「どっちもですよ!」



 妲己はあたふたしながら。

 森林を彷徨っていると。

 木々の枝に。

 紫綬の衣が引っかかっているのに気づく。



「あ、あれです!」



 妲己は何度もジャンプをするが届かなかった。



「うぅ。遠いです」

「宝具とかで取れねぇのか」



「そう易々と宝具は使ってはなりません。不幸が、不幸が訪れるのですよ!」



「なら、比較的に被害がマシなヤツ出せ。俺が使ってやる」



 妲己は袖に手を突っ込みながら言う。



「分かりました。……ああ、これは駄目ですね。下手すれば死んじゃいます。ああ、これも駄目ですね。下手しなくても死んじゃいます」



「やべぇ宝具しかねぇのかよ!」



「ああ、ありました。これならどうです。開天ちゃん二号です」



「何個持ってんだよ、それ!」



「この開天ちゃんは黄河に沈んで。変に錆び付いたので、雑に扱っても結構ですよ。と言うか、なんならあげますよ」



「いらねぇモノ押しつけただけじゃねぇか!」



 碧は突っ込んでから続ける。



「で、一応聞くけど。どうやって使うんだよ」



「こうやって。心を込めて優しく撫ぜるのです。ざらつきが気になるでしょうが、其れは心のざらつき。無心になって撫ぜるのです」



 碧は妲己の言うとおりに撫ぜるが。

 何も変わらなかった。



「何も変わらねぇぞ」

「いいえ。心が……癒やされたでしょう」



「成る程。……とりゃあ!」



 碧は木の枝に引っかかっている。

 紫綬の衣に向けて投げ飛ばした。



「開天ちゃーん!」



 妲己が両頬に手を当てて叫ぶと。

 開天珠二号は紫綬の衣に直撃して共に落下する。



「一先ず、回収できたな」



「か、開天ちゃんを乱暴に扱わないで下さい。貴方と違って。繊細なのですよ、この子は」



「へいへい。で、其の衣も回収したし。これからどうするんだ?」

「はい、どうしましょうか」



 妲己は笑顔のまま返す。



「……ちょっと待て。なんかプランとかねぇの?」



「プラン? そんなもの、ある訳ないじゃないですか。自慢じゃありませんが、私一人じゃ何も出来ませんよ」



「はぁ? なら、今まで、どうやって、調停者って仕事をこなしてきたんだ」



「妹の貴人きじんちゃんがやってくれました。私の仕事はおんぶに抱っこですよ」



「成る程。……チェンジで! その妹ちゃんとチェンジでお願いします」



「無理ですよ。……姉様のお世話に疲れました。と、言う書き置きを残して失踪しましたから。何が、妹ちゃんの逆鱗に触れたのでしょうかね? 心当たりが多すぎて分かりません」



「心当たりが多いのなら、改善しろよ!」



「過去があるから今があるように。改善できないから、今があるのですよ」



「自信持って言うな!」



 碧は重い溜息を漏らし。

 岩の上に座る。



「まぁ、愚痴っても仕方ねぇ。仕事の話に入るぞ。……その妹ちゃんは、いつも何から始めていた」



「そうですね。いつも、始めに人を探してましたね」

「人って、誰を探してたんだ」



「英傑の素養を持った人です。そう言った人を見つけ出して、時代の加護を与えます」



「時代の加護、ってなんだよ?」



「文字通りの加護ですよ。加護を与えられた人間は。人の枠組みを超えた力を手にし。其の能力を用いて。次の王朝を築く立役者になります」



「その加護とやらは、アンタ、えぇっと」



妲己だっきです」



「妲己ちゃんは加護とやらを与えることができんのか?」



「出来ますよ。ですが、色々と制約があって。一時代に一人にしか与えられません」



「相手を厳選する必要があるってことか」

「そう言うことです」



 妲己が頷くと。

 森林から一人の青年が現れた。



 青年の腕には深い切り傷があり。

 二人を見ると傷ついた腕を持ち上げ。

 剣を突きつける。



「……テメェ等も追っ手か?」



「違いますよ。私達は善良な調停者です」

「なに、言ってやが……」



 青年は余裕のない声で言うと。

 青年の背後から数本の矢が放たれた。



「っ、見つかったか!」



 青年は振り向いて剣を構えると。

 皮の鎧を身に着けた。

 五名の男が現れる。



 白髪の天然パーマの男が青年に向かって言う。



「そろそろ、鬼ごっこは終わりにしようや」



「ああ、テメェらがくたばって終わりにしてやるよ」



 青年は剣で威嚇しながら間合いを取ると。

 両者の真ん中に立った碧と妲己は。

 腰を低くして退散を始めた。



「では、お邪魔しました」



 碧は自然の装いで。

 フェードアウトしようとすると。

 白髪の男に呼び止められる。



「待て。テメェ等、此処らで見かけねぇ奴らだな。どこのゆう、出身だ」



「どこ中、出身かみたいに言いやがって。こっちとら邑も知らねぇんだぞ」



「邑とは、集落みたいなモノですよ。一つ勉強になりましたね」



 妲己がそう言うと。

 奇襲紛いに青年が白髪の男に突撃した。



 髭男は青年の剣を軽くいなすと。

 青年の怪我した腕を握り締める。



「おっと、アブねえじゃねぇか」



「……っ!」



 青年が苦悶の表情を浮かべ。

 剣を落とすと。

 白髪の男は青年の胸元に剣を突き刺した。



「………うっ」

 


 青年が崩れ落ちると。

 男は執拗に蹴りを入れる。



「手間取らせやがって。テメェはな。産みのあの女同様に価値のねぇ命なんだ。さっさと死にやがれや」



 白髪の男が剣を振り上げた瞬間。

 碧は男に向けて開天珠Ⅱ号を投げ飛ばした。



 白髪の男の額に直撃し。

 額からは血が流れる。



「……邪魔すんのなら、テメェから斬るぞ」


 

 男は碧を睨み付けると。

 碧は啖呵を切って叫ぶ。



「価値のねぇ命だと。テメェ如きが命の大小を騙んじゃねぇ! 俺の前で調子に乗ったことのたまうと。ぶち転がすぞ! ……って、こちらのお嬢さんが言ってました」



 妲己の肩を掴んで前に出す。



「えぇ! 私、何も言ってませんよ!」



「妲己、お前の宝具で一掃しろ。其れしかない」

「嫌ですよ。不幸が、不幸が訪れるのですよ!」



「安心しろ。もう、不幸の第一歩は踏みしめている。一歩も二歩も変わりはしねぇよ」



「変わりますよ。其の一歩が、奈落へと続いていくのですから。……きゃあぁ! 白のもじゃもじゃが、もじゃもじゃが迫ってきますぅ!」



 妲己は涙目になりながら。

 手の平に水晶の様な宝具を召喚した。



「宝具、霧露乾坤網むろけんこうもう――」



 妲己が宝具名を呟くと。

 空気が振動を始め。

 四方八方から螺旋状に水が湧き上がり。

 巻き付くように男達を拘束する。



「な、なんだこれは!」



 男たちが狼狽していると。

 男に纏わり付いた水は。

 一瞬で氷結した。



 全ての男が意識を失うと。

 妲己は指を弾く。



「これ以上、解放していると凍傷で亡くなっちゃいますからね。解除、解除」



「すげぇ宝具だな。そんなヤバい宝具を一杯持ってんのか」



「言っておきますけど。これでも加減してますからね。私が本気を出したら此処ら一帯の森林ごと氷結させますよ」



「すげぇんだな。宝具って」



 碧が感心するように言うと。

 碧が先程、投げ飛ばした。

 開天珠二号が勢いよく飛び立ち。



 妲己の後頭部に直撃した。



 妲己は倒れるのを耐えながら言う。



「い、言い忘れてましたが。開天珠は人に投げ飛ばすと戻ってきます。ですので、ちゃんとうけとめてあげてく、だ……さ」



「妲己ちゃあぁぁん!」



 碧の慟哭と共に妲己は倒れ込んだ。

 調停の旅はまだ始まったばかりである。

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