第一章 夏王朝

第1話 夏王朝に舞い降りる盾です

 雑木林が立ちこめる遙か上空にて。

 あおいが魔方陣から現れた。



 地上までの距離は三千メートル近くあり。

 碧が驚くより先に落下が始まる。



「ちょっ!」



 碧が落下している最中。

 遠方で大きな爆発音が鳴り響いた。



「な、なに、あの光? 何が起こってんの?」

 


 爆発音が鳴り響いた直後。



 大陸を取り囲むかのような。

 結界が浮かび上がり。

 此の世界と溶け込むように消え去るが。

 そんな事に気づく余裕もなく。

 碧はひたすらに落下する。



「開始早々、死ぬぅ!」



 碧が絶叫の声を上げていると。

 上空から魔方陣が現れ。

 妲己だっきが現れた。



「よっと。あの人は何処でしょう? あっ、いました」



 妲己は空中を蹴り上げ。

 一気に碧の側まで近づく。



「あのぅ、そろそろ、落下速度を軽減した方が良いですよ」



「出来たら、とっくにやっとるわ!」



「あぁ、そう言えば一般人でしたね」



「取りあえず助けてくれ。なんか、こう、重力を操作したりする魔術があるだろう」



「あるみたいですけど、私、使えませんよ」



「じゃあ、どうすんの!」



「大きな声で叫ばないで下さい。耳に響きます」



 妲己は耳元に手を当てながら続ける。



「私は魔術は殆ど扱えませんが、宝具ほうぐが扱えます」



「宝具だって」



「宝貝(パオペイ)とも言いますけど、現在風に言うなら宝具ですね」



「何でも良いから、その宝具とかやらで助けてくれ」



 妲己は袖に手を入れると。

 袖の中から紫色の羽織が現れる。



「では、宝具、紫綬しじゅころもを授けましょう」



「なんだこれ?」



「紫綬の衣は如何なる打撃、刺突を無効化にする宝具です」



「凄ぇ宝具じゃねぇか」



 碧は喜んで受け取り。

 袖を通そうとする。



「ですが、一つだけ欠点がありまして」

「欠点って何だ?」



 碧は風圧によって。

 上手く羽織れず。

 慌てていると。

 妲己は人差し指を立てながら言う。



「衝撃は吸収できません」



「……ごめん。もう一回言って」



「衝撃は吸収できないのですよ」



「意味ねぇじゃねぇか! 地面に衝突した時点で即死するわ!」



 碧は紫綬の衣を放り投げた。



「あぁ、紫綬の衣が!」



「もう、地表が近ぇんだよ! 何か、他に使える宝具はねぇの!」



「あと、使えそうなのが……この開天かいてんちゃんぐらいですね」



「なんだ、そのちっちゃな球体は」



開天珠かいてんじゅ、開天ちゃんです。大きさを自在に変えることが出来る宝具で。撫ぜていると心が癒やされます」



「そんなのいいから! もっと重力を操る宝具とかあるだろう!」



「ありますけど、使いませんよ」



「なんでだよ!」



「だって、強い宝具を使えば、使うほど。私に不幸が降り注ぎますから。私が妥協できるラインは開天ちゃんまでです。此処だけは譲れません。えぇ、絶対に譲りませんよ」



「何で其処だけ強情なんだよ!」



「そんな、心が揺れた時の開天ちゃんです。一緒に撫でて心を癒やしましょう」



「…………」



 碧は開天珠を見据えると。

 妲己から奪い取る。



「わ、私の開天ちゃん。返して下さい」



「返して欲しければ、此の状況を打破する宝具を仕え。じゃねぇと、この開天ちゃんは、十秒も経たずに俺の血肉で汚れることになるぞ」



「か、開天ちゃんの純潔を犯すつもりですか。鬼ぃ、悪魔」



「何とでも言え。さぁ、宝具を出すんだ」



「うぅぅ。背に腹は変えれません。……この盤古旛ばんこはんを使いましょう」



 妲己が袖に手を通すと。

 漆黒の剣が現れる。



「おぉ、凄そうな宝具だ。で、その宝具は何が出来るんだ」



「この盤古旛は重力も操れます」



「なら、さっさと重力を操ってくれ」



「……ですが」

「ですが、なんだ? 早く言って!」



「暫く、使ってなかったので。使い方、忘れちゃいました。妲己ちゃん、うっかり」



「うっかりじゃすまねぇよ! 地表が近ぇんだよ。マジで死ぬぅ!」



 碧が死を覚悟し。

 開天珠を強く握り締めると。

 開天珠は二人を呑み込む大きさになり。

 碧と妲己を呑み込んだ。



 大きな落下音と共に。

 関天珠が数度跳ねると。

 緩やかに制止する。



 数秒後。

 開天珠が緩やかに開き。

 疲弊した表情で碧が現れる。



「な、なんとか、助かった」



 妲己は手をぽんと叩く。



「ああ、そうでした。開天ちゃんは防護壁にもなるのでした。全く使ってなかったから忘れてました」



 碧は溜息を出して問いかける。



「で、これからどうすんだ?」



「勿論、伏羲様が定めた時代通りに動かしていくのですよ……。開天ちゃん、元のサイズに戻って下さい。ハウスです」



 妲己は両手を叩き。

 開天珠を掌サイズに戻し。

 招き寄せると。

 驚きの声を上げる。



「は、わわわ。開天ちゃんが、開天ちゃんが傷物になってます!」



 妲己が慌てふためていると。

 妲己の目の前に大木が倒れ込んできた。



 妲己は何の動揺も見せず。

 眼前に倒れてきた大木を見つめる。



「お、おい、大丈夫か!」



「ああ、大丈夫ですよ。宝具を使った代償みたいなものですから」



「本当に不幸が舞い降りるんだな」



「他人事じゃありませんよ。私の宝具を使った貴方にも私同様の不幸が訪れるはずです」



「生憎、俺は悪運は強ぇんだ。多少の不幸なんて弾き返してや……」



 碧が言い終える前に。

 上空で紛失した宝具の剣が。

 碧の眼前に降り落ちる。



「あっ、さっき、私が落とした盤古旛です。見つかって良かったです」



 碧は冷や汗を流しながら言う。



「……やっぱ、宝具使うの控えよっか」



 こうして。

 碧と妲己の時代を定める。

 旅が始まるのであった。

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