3,履歴書に嘘は駄目ですよ

 妲己だっきあおいを見つめながら言う。

 


「私の相方になるのなら。身だしなみには気をつけて貰わないと。気品のない顔立ちは万里下がって赦すとして」



「そんなに下がったら大陸横断しちゃうよ!」



 伏羲ふっきの突っ込みを無視して。

 妲己は人差し指で口元を当てて言う。



「うーん。ちょっと失礼します」



 妲己は袖から櫛と鋏を取り出すと。

 碧の後ろに立ち。

 躊躇いなく。

 ゴムで括っていた後ろ髪を切り落とす。



「お、俺のチャームポイントが!」



「似合ってないです。あと、どさくさにまぎれて胸元に近づかないで下さい。手元が狂っても知りませんよ」



「あっ、はい」



 妲己は瞬く間に碧の髪の毛と髭を整える。



「こんなもんでしょうか」



 伏羲が指を弾くと。

 地面に散乱した。

 髪の毛や髭が一瞬で消え去る。



「で、妲己君。納得したかい?」



「そう……ですね。ギリOKです」



「あの、俺の意見は何処いったの?」



「もしかして断るのですか。こんなにも私が妥協したのに」



「あれ、立場逆転してない?」



「妲己君がこんなにも妥協してるんだよ。君も妥協して。無償で永遠に私に従いなさい」



「さっきより、条件悪くなってんじゃねぇか!」



「冗談だよ。で、どうするんだい? 時間も差し迫っているし。私としては別に君でなくとも良いんだよ。……ただ、生き返ってやり直したいことが或るのなら。今は僕に従う事だ。僕に従う限り、悪いようにはしない。其れだけは本当だ」



 碧は頭を掻きながら言う。



「はぁ、死んでも不幸か。俺の人生は。……っ、やってやんよ。その調停者って奴をな。俺には描ききった夢があるんだ。道半ばで止まれっかよ」



「なら、契約は成立だ。では、先に、君を新たな世界に送るよ。僕の調停者として、定められた時代通りに動かしてくれ」



 伏羲が両手を叩き終えると。

 碧の姿は消え去った。



 妲己は首を傾げて言う。



「伏羲様。一つ聞きたいのですが。どうしてあの人を選んだのです。てっきり、落とすと思っていましたのですけど。経歴見ましたけど、あの人。詐欺師さんですよ。……中卒なのにハーバード大学のMBA(経営学修士)名乗ったりしてますし。漢方の通信講座を学んだだけで、薬剤師まで名乗ってる始末です」



 伏羲は山積みになった資料の中から。

 一枚の履歴書を取りだした。



「知らないと思うが。彼が活躍したのは前世だ。生前、君がいた千年後の世界にて。……とある英傑が破壊しつくした。時代の後始末を行い。舌先三寸で修復不可能とまで言われた乱世を終わらせた人物だ」



 伏羲から履歴書を受け取った。

 妲己は目を疑う。



「……こ、これって」



「信じがたいと思うが、其れ等は全て事実だ。人の身の調停者として、彼以上の逸材はいないだろう」



「以前、零した紅茶が滲んで。殆ど見えなくなってます。言うの忘れてました」



「さっさと行ってこい!」



 伏羲は机を思いっきり叩くと。

 妲己は逃げるように転移する。



「ごめんなさいぃぃ」



 伏羲は大きな溜息を漏らして。

 指を鳴らすと。

 面接会場はガラスのように砕け。

 宇宙空間が姿を見せる。



 伏羲は石版の前に移動すると。

 修正された文字をなぞる。



「消えた文字から類推するに。何処ぞの世界の日の本の國。明治に於いて。何かがあったのだろう。其処から連鎖的な修正が行われ。今、妲己らが向かった世界に、何者かが送り込まれている。……全く、どうなっているのか。管理者である僕の眼すら欺こうとするとは」



 伏羲は人らしい笑みを浮かべ。

 緩やかに呟く。



「面白い。私が定めた時代の定め。変えれるもののなら、変えてみるが良い」



 伏羲が石版から背を向けると。

 石版には新たな文字が刻まれた。



 調停者、黄宮碧。

 調停者、妲己。

 伏羲の名の下に。

 時代を定めると。

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