2,詐欺師さん面接に挑みますよ

 あおいがノックを行うと。

 数秒の無音の後。

 中から声が発せられる。



「どうぞ」



 部屋には一人の青年がおり。

 長机には膨大な書類が堆積していた。

 青年は書類をあさりながら言う。



「そのまま座って」



「はい、失礼します」



 碧が座り終えると。

 青年は書類の山から。

 一枚の履歴書を取り出し。

 困惑しながら呟く。



「……ん? まずったな。もしかして君、一般人?」



 碧は白い歯を見せ。

 詐欺師特有の笑みを浮かべる。



「少し、語弊がありますね。私は、英傑の素養がある一般人です。……と言うのも、この英傑の集まる場に招かれたのも、私の素養の高さが認められたからだと自負しておりますので」



 碧は臆すことなく。 

 堂々と言い放つと。

 先程まで興味なさそうだった。

 青年が始めて興味を示す。



「へぇ、面白い事を言うじゃないか。なら僕に、君の言う素養、とやらを示して貰えないかな」



「分かりました」


 

 碧は一呼吸置いてから。

 覇気ある声を出す。



「……調停者とやらは、時代の流れを動かす者と聞き及んでおります。時代を流れとは人の流れ。人の心分からずして、時代を動かせるはずがありません。私が、候補の一人として選ばれたのも。人の心を見抜き。寄り添う。そう言ったコンサルト経歴が認められた為だと自認しております」



「出任せのわりには、それっぽいこと言うね」



 碧は青年の瞳を捕らえており。

 ゆったりと口を開く。



「そもそも、貴方が選定している人材は英傑の素養が或る者ではなく。英傑としての自我を抑え。時代の流れに沿うもの。……言い換えるならば、自分に取って都合の良い駒を選定しているのでしょう」



「…………」



 青年は先の余裕ある笑みから一転して。

 歪な笑みを浮かべる。



「……へぇ。どうして、僕が駒を欲していると分かったんだい」



「それは、私がメンタリストだからです」



 碧は余裕綽々に返すと。

 青年は碧の瞳の奥を覗き込む。



 碧は深層心理まで。

 覗き込まれたかのような。

 不快感から崩れ落ちた。



「成る程、机にある履歴書と脱落した英傑の言動から。私が望んでいる英結像を言い当てたんだね」



「……俺に、なにしやがった」



「君の心を覗いただけさ。真似できるのなら真似して良いよ。そのメンタリストとやらで、真似できるものならね」



「心を、覗いただと? 神みたいなことを言う奴だな」



「神みたいじゃなく、れっきとした神さ。……まぁ、一応、名乗っておこうか。僕の名は伏羲ふっき。中国神話に於ける三皇の一人にあたる存在だ」



 伏羲が得意気に語ると。

 奥のドアが開く。



「し、失礼します」



 何処か陰がある女性が。

 湯飲みを持ってくる。



 女性は碧に視線を合わさぬよう。

 顔を背けながらお茶を渡す。



「……ど、どうぞ」



「あれ、ひょっとして君。俺に止めを刺した美人ちゃん」



「わ、私が殺したのではありません。あれは、事故です。あっ!」



 女性は自分の足を踏み。

 熱湯が入った湯飲みを。

 ダイレクトに碧に浴びせる。



「あっ、つぅぅぅ!」



 碧は飛び跳ねるように立ち上がると。



「きゃっ!」



 女性は足を滑らせ。

 持っていたお盆の角を。

 碧の頭に振り落とした。



「いてえぇぇ!」



「言い忘れたけど。彼女の幸運、異常に低いから。巻き込まれないように注意してね」



「あわわわ。お、お茶碗が割れてしまいました。このお茶碗、お気に入りでしたのに」



 妲己は碧に気にせず。

 割れたお茶碗を気に掛けていた。



「いや、お茶碗より、少しはこっちを心配してよ!」



 碧が妲己に言い放つと。

 伏羲は懐中時計を開いてから。

 碧に向けて言う。



「まぁ、もう、時間がないし。君が合格で良いよ」



「どんだけ適当なんだよ!」



 碧は頭を掻きながら言う。



「……なんか、釈然としねぇが。合格だったら何でも良い。さぁ、さっさと蘇らせてくれ。俺には生き返ってやらなきゃならねぇことがあるんだ」



「誤解があるようだから先に言うけど。君のいた時代に蘇るわけじゃないよ」



「どういうことだ?」



「君には、新しく生まれた世界に降り立ち。時代の調停を行って貰いたいんだ」

 


 伏羲が指を鳴らすと。

 壁に掛けられている。

 ホワイトボードに年表が浮き上がる。

 


「紀元前17世紀の夏王朝から、紀元19世紀の清王朝まで。凡そ、三千年間。君が生きた世界と同じ流れに沿って。王朝を動かして貰いたいんだ」



 碧はホワイトボードに描かれた。

 王朝を数えながら頷く。



「……よく分かんねぇが。大役を任されたことがよく分かった」



「勿論、引き受けてくれるよね」



 碧は数度頷いてから。

 ネクタイを緩める。



「勿論……辞退するに決まってんだろうが! 誰がそんなめんどくせぇことするか!」



 碧が悪態を吐くと。

 女性は笑みを浮かべる。



「えっ、辞退してくれるのですか?」



「ええ、辞退しますよ。ところで、お嬢さん。此の後、お暇ですか。お暇なら、一緒にお茶でもどうです」



 女性は三歩下がって言う。



「あっ、ごめんなさい。ちょっと無理です」



「時間なら幾らでも待ちますよ」



「いえ、生理的に無理なんです」



 碧は先のテンションから一転して。

 隠居したお爺さんのように。

 お茶をすすりながら言う。



「嗚呼、来世は貝がいいな。生理的嫌悪感を出さない貝に私はなりたい」



「ちょっと妲己君! 話が違うじゃないか。君は僕と一緒に。彼を調停者に仕立てる役割でしょうが」



「だって、顔も性格も好みじゃなくて。私的には胡散臭くなくて。聖者のような男性が好みなのです。……はい、チェンジでお願いします」



「此処は、君の結婚相談所じゃないんだよ!」



 伏羲の突っ込みが。

 数世紀ぶりに駆け巡った。

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