第5話 メンタリストと書いて詐欺師って読むのですよ

 あおい莫耶ばくやの剣を構えると。

 青年は一息の呼吸で眼前に迫り。

 不可避の一閃を放つ。



「うおっ、あっぶねぇ!」



 碧は腰が引けて下がろうとしたが。

 意志とは反対に。

 身体が前進して一閃を弾く。



「ほう、受けやがったか。なら、次はどうだ!」



 青年は連続して剣を振るうが。

 其の悉くが。

 莫耶の剣によって弾かれる。



「か、身体が勝手に動きやがる。速すぎて、どうなってんのか分っかんねぇ!」



 碧が握る莫耶の剣は。

 青年の人成らざる剣筋に追従していく。



 二十を超える剣戟を防ぎきり。

 青年は苛立ち紛いに叫ぶ。



「しつけぇな。さっさと斬られろよ!」



 碧は肩で息をしながら返す。



「……なぁ、お前さ。何に焦ってやがる」



「何言ってやがる?」



「加護を得る前のお前は、死に焦っていた。必死に足掻き。そして死ぬことを求めていた」

「…………」



「だが、今のお前は違う。何かを成そうと焦ってやがる」



「知ったような、口聞くんじゃねぇ!」



 青年は全身全霊を込めた一閃を放つが。

 莫耶の剣によって防がれ。

 鍔迫り合いになる。



 碧は青年の目を見つめて言い放つ。



「俺は、お前以上に分かっているぜ。なんせ、俺はメンタリストだからな」



「訳の分からねぇことをほざきやがって。……なら、言ってみろよ。俺が何を成してえかをな!」



 碧は青年の目を凝視しており。

 青年の心と同化するように

 青年の心に浸透するように言う。



「復讐。自らを……いや、自分の最も大切な者を踏み躙った奴らに対して報いを与えてやると、心が荒ぶっている」



「っ、ちげぇよ。俺は、俺の為に復讐を成すんだ!」



「……自分の心に嘘をついても、空しいだけだぞ。第一、俺の目は誤魔化されねぇ」



「…………」



「お前の心のキャンバスはもう見えた」



 碧は剣を弾き。

 間合いが開くと。

 緩やかに口を開く。



「お前が最も大事だったのは、母親なんだろう。故に、其れを蔑ろにし。死まで追いやった奴らが赦せねぇ。だから、力を手に入れた今。其の報復の為に動こうと焦ってやがる」



「な、なに、言ってやがる」



 青年がたじろぎ。

 一歩後ろに下がると。

 碧は堂々と言い放つ。



「言っただろう。俺はメンタリストだと。……お前の心なぞ、コロッとカラッとお見通しだぁ!」



 碧が指を突きつけて叫ぶと。

 妲己だっきが拍手しながら言う。



「おぉ、コロッケみたいで。おいしそうな決め台詞です」



 青年は口元を噛み締めて剣を振るう。



「ざっけんじゃねぇ。俺の心を分かったように言いやがって!」



 青年は猪突猛進に攻めるが。

 莫耶の剣の前に全て弾き返される。



「分かっていると言っただろうが。第一、お前の母は復讐するような言葉を言ったのか」



「…………」



「言ってねぇよな。そんなんじゃなく、もっと違う言葉を贈ったはずだ」

「黙れって言ってんだろうが!」



 青年の剣は激しさを増してゆくが。

 莫耶の剣はそれ以上の速さを以て。

 弾き返す。



 碧の瞳が僅かばかり。

 紫色に光り輝く。



 聖者を思わす圧が放たれており。

 青年の怒りを呑み込まんと見据える。



「黙れねぇよ。が此処で止めなきゃ。何処ぞの馬鹿のように、取り返しのつかねぇとこまで行きそうだからな」



 青年は碧の眼光に押され。

 本能的に一歩下がる。



 碧の瞳は再び黒に戻り。

 頭を抑えながら言い放つ。



「……っ。さっきから頭痛がひでぇな。意識まで飛びやがる」



 青年は舌打ちして言う。



「なんで、なんでてめぇ。其処まで俺を止めようとしやがる。お前には関係ねぇ話だろうが!」



「お前に力を与えた責任があるからだよ。お前の其の人成らざる力は、俺が与えた」



「……なんで、なんで。俺にこの力を授けた」



 碧は青年が聞く耳を持ったのを確信すると。

 詐欺師特有の。

 胡散臭い表情になって言う。



「……一目見たときから。お前には英傑の才能があると確信していたからだ」



「買いかぶりだ。俺に英傑の才なんぞねぇよ」



 青年が碧に騙されかけていると。

 妲己が哮天犬を撫ぜながら言う。



「成り行き上ですよ。死にかけていたので、仕方なく、お情けで授けました。案の定、英傑とは程遠い凡人でしたけどね」



 青年は呆然と妲己の言葉を受け止める。



「……凡、人」



 碧がフォローするかのように。

 青年の肩に手を当てて言う。



「確かに、英傑の才能はなかった。だが、其れでも、人の痛みが分かる、お前になら。時代の加護に打ち勝つと信じて授けたんだ」



「……そ、そうか」



「いや、めっちゃ取り込まれてたじゃないですか。結果オーライになりましたけど。やっぱ、凡人に渡したのは失敗したなぁって思ってました」



 青年は数秒の沈黙の後。

 うつむいて言う。



「……凡人の俺なんかが、大層な力を貰ってすみません。これからは、大陸の隅でひっそりと暮らしていきます」



 青年は不安定な足取りで。

 立ち去ろうとするのを。

 碧が必死な形相で止める。



「待て、待て、待ってぇ。……妲己ぃ! お前、俺の敵なの、馬鹿なのどっちなの!」



「嘘はいけませんよ。生前のように詐害紛いの言葉で人を騙すのはよくありません。生前の履歴書見ましたけど、詐欺師顔負けの詐欺師さんじゃないですか」



「詐欺師じゃなくて、メンタリスト。人の心に寄り添う善人なんだよ、俺は」



「善人は自分のことを善人と言いませんよ。ねぇ、哮天くん」

「わん」



 碧が必死になって。

 青年に引き止めていると。

 碧は激しい声を出して倒れ込む。



「ぎゃあぁぁ。いってぇぇぇ!」

「どうした」



 青年が倒れた碧に近づくと。

 妲己が哮天犬を撫ぜながら言う。



「ああ、莫耶の剣を使った代償ですね。人成らざる動きを強引に行った結果、全身筋肉痛になっています。三日はマトモに動けないでしょうね。不幸ですねぇ」



「ワン」



「他人事みたいに言うなぁ!」



 調停の旅は始まったばかりである。

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