僕を守ってくれる騎士様カモン!

領民たちはすくすくと最強の肉体を築き、魔獣を屠りそれを食べてさらなるバーサーカーになってしまっていた。おかげで僕はいつ暗殺されるんじゃないかと気が気ではない。


ご飯も雑草から普通の食べ物に進化したので、悪いことばかりではなかったのだが、魔獣の肉を献上されたときはまだまだ僕を恨んで暗殺しようとしている人間がいると思った。


毒魔法が使えなかったら死んでたぞ・・・危ないなぁ・・・


つまり、この程度では暗殺されかけたことへの恨みは晴れないというわけだ。僕は考えを改めまずは領内を良くしようと決めた。


魔獣が領内を闊歩するなんて精神衛生上良くない。だから、領民に声をかけ、防護柵を構築した。不幸中の幸いなのは僕の毒を食らったおかげで彼らの身体は『疲労?何それ?美味しいの』状態になっていた。


それならとついでに生活インフラを整えるために、領民の力を借りようと思った。無理やり仕事をさせている上にさらなる要求なんてみんな嫌がると思ったのだが、『いいっすよ』と軽い感じで引き受けてくれた。


ただ、何もしないのは心苦しいし、反乱を起こすきっかけになるかもしれない。僕は仕事をしてくれる人間の疲労を一時的に消す毒を分泌して、領民に頑張ってもらった。


壊れた建物や道、水路など普通なら数か月もかかるところを1週間で終わらせてしまった。


金もかからずインフラを整えられてラッキーと思ったと同時にこんなやつらが領内で暴れ始めたら危険すぎる。僕は絶対にこいつらを怒らせまいと誓った。


さて次の問題は税だ。ライト―ン領は収穫の30%を税で納めさせていた。しかし、こんなの誰も払えないんだから、僕の屋敷にはお金がない。だったら、税は領民たちが負担にならないくらいの量を確実に納めてもらうのが一番だ。だとしたら、5%くらいがいいかなぁ。


最近、色々無茶しすぎたから、金庫が空っぽだ。これくらいなら払ってくれるだろうけど、やっぱり不安だ。税金を下げたとしても毒殺しようとしたことを根に持っている人間がいそうだ。そうなってしまうと僕の魔法が通じないバーサーカーたちには打つ手がない。


当たり前だが領主には護衛にあたる騎士がいるものだ。それなのに僕にはいない。これじゃあ領民たちが反乱を起こしたら高確率で殺されてしまう。


チリンチリーン


「おっ、噂をすれば」


僕は近くのキタネーゾ子爵に騎士をくれないかと手紙を送っていた。騎士というのはただの兵士と違って魔法を使える兵士のことだ。貴族ではないけど、貴族の血を引いていた人間のことだ。一人いるだけでも一騎当千、だからこそ、僕はない袖を振って騎士を召喚することにした。


お金も大事だけど、まずは命だよね!


━━━と思っていたんだけど、


「お、お、お、お初にお目にかかり光栄です!わ、私はフィーア=キチークと申します!ドケチ=キタネーゾ子爵様より派遣されてきました!よろしくお願いしまふ!」


長いボサボサの黒髪で目が隠れ、声も高くて威厳もあったものじゃない。最後も噛み噛みだしなんて頼りにならなそうな騎士なんだ。


いやいや、人は見かけによらない。大事なのは魔法が使えるかどうかだ。貴族の威厳を保つために毒を分泌し、キチークさんの話を聞くことにした。


「キチークはどんな魔法を使うのかな?後、剣の腕は?」

「つ、通信魔法で・・・す・・・剣の腕は、その、キタネーゾ領ではペケでした・・・」


はいゴミ魔法来たよ。これでどうやって僕を守るんだ?さてはキタネーゾ子爵は僕に余り物の使えない騎士を派遣したな。とんだ詐欺だよ。どうやって返品しようかな。


「あの、私、いらない、ですよね・・・?」


はい、いらないです。クーリングオフしたいです。だけど、そんなことを言ったら泣いてしまうし、どうするかなぁ。とりあえずそれっぽいことを言っておくか。


「それは君次第だ」

「え?」

「魔法というのは使い方によって、毒にもなるし薬にもなるものだ。そして、それは魔法だけに限ったことじゃない。大事なのはキチークがどうしたいかじゃないかな?」

「わ、わたしが、どうしたいか・・・」


そこそこいいことは言えたと思う。ま、現実的に考えたときに通信魔法なんてゴミだ。離れていても会話ができるだけの魔法なんてどういう利点があるんだか・・・


「私、頑張ってみます!」

「そうか。その前に僕と君の出会いに乾杯しよう」

「は、はい!」


やる気を出したキチークには申し訳ないけど、毒殺することにした。『キチークはライト―ン領に入る前に魔獣に殺されてしまいました』って言えば、他の騎士を派遣してもらえるだろう。最悪、土下座をすれば金だけは返してもらえるかもしれない。


さてさて、毒入りの酒をゴクゴクと飲み、そして、キチークが倒れた。こんなところに死体を置いておいても邪魔なだけだし、とりあえず使っていない部屋のベッドに寝かせておこうかな。


「ごめんね」


僕はお姫様抱っこをして、寝室にキチークの遺体を運んで行った。ダブルベッドしかないからそこに寝かすか。死体処理は明日考えよう。


━━━


朝になり、キチークの部屋に行くと美しい姿勢で死んでいた。何かの童話のような神秘さに一瞬だけ驚いたが死体だと割り切って普通に処理していくことにした。


「さてさて、どうやって運ぶかな」


流石に死体をそのまま運んで行ったら、怪しさMaxだ。となれば、何かの袋に詰めて裏庭に埋めるのがいいのかな。


「ん~」

「え?」


声がキチークの方から聞こえた。そして、脈を測ってみると、普通に生きていた。


「ヤバイ!僕の計画が!」


僕は再び致死性の毒を飲ませようとキチークの唇を人差し指と親指で軽く広げ、そして、毒を分泌した。


「え?」

「あ?」


キチークが目を覚ましてしまった。僕はキチークの上に跨っている状態。


え~とどう言い訳をすればいいんだ?殺そうとしたわけではないといって聞くのだろうか?


それよりもキチークの肌が徐々に紅潮していく。そして、


「きゃあああああああ!」

「グハ!?」


キチークは僕の股間を蹴り上げた。僕は一瞬で気絶してしまい、起き上がることが不可能だった。キチークはそのまま僕の部屋から出て行ってしまった。


◇ ◇ ◇


私は劣等騎士でした。元々は貴族の家系でしたが、通信魔法なんて酷い魔法を発現させたせいで実家を追放、騎士としても全く使える力ではないのでキタネーゾ子爵にも冷遇されていました。そんなお荷物な私は最低最悪の領地、ライト―ン領に栄転になりました。


栄転なんて名ばかり、私は酷く鬼畜な領民たちを一人でなんとかしなければならないのです。そう思ったらもう死ぬしかないなぁと思ってこの地に赴きました。


しかし、ノル=ライト―ン男爵様は私の魔法を聞いても何も動じず(毒魔法を使っていたから)、幻滅どころか(暗殺しようとしていました)私に教え諭してくれたのです。


『魔法というのは使い方によって、毒にもなるし薬にもなるものだ。そして、それは魔法だけに限ったことじゃない。大事なのはキチークがどうしたいかじゃないかな?』


私がどうしたいか・・・


そんなことを言ってくれる人なんて今までいなかったのです。それだけで胸が熱くなり、この人に尽くしたいという気持ちになりました。


しかも、その後にお酒を飲んで意識が混濁している(死にかけている)私をお姫様抱っこで運んでくれる紳士ぶり。そして、朝になると私の部屋に訪れて・・・


緊張のあまり何をしたのか覚えていませんが、アレって私のことを、その、お気に召したからってことですよね?


根暗すぎてそういう話になったことがなかったので緊張がピークに達してしまい、何をしたのか覚えていませんが、とりあえず謝らなければいけません。そして、しっかり今の気持ちを伝えないと!


「ん?見慣れない嬢ちゃんだな?」

「上等な服を着てるなぁ。ってことは騎士様か?」

「は、はい、そうです!フィーア=キチークと申します!」


強面のとても怖い顔をした領民が私を見ていました。名乗ってしまいましたが、ここはライト―ン領です。最低最悪の人間が集まる場所で迂闊に外に出たことは悪手でした。今、私は帯剣していません。これじゃあ私は成す術もなく犯されてしまう!


━━━と思ったのですが、


「よく来たな!ようこそ!ライト―ン領へ!」

「歓迎するぜ!騎士様!なんて言ったってノル様の守護者だもんな!」

「みんなにも紹介しようぜ!」


思った以上に好待遇な対応をされてしまいました。


「キチーク様は最高に運がいいぜ。ノル様はいずれ世界に名を馳せるお方。その人の筆頭の騎士になれるんだから、羨ましいよ」

「は、はぁ」

「いいなぁ俺も代わってほしいよ!」

「俺も!」


ライト―ン男爵様は民に好かれているんですね。広場に行くと、口々にライト―ン男爵様がなした偉業を民から自慢されました。聞いていれば信じられないことばかり。それでもこれだけ領内が盛り上がり、そしてライト―ン男爵様を称えているのだから本当なのでしょう。


「羨ましいです・・・」

「ん?何がだ?」

「あっ、いえ、ライト―ン男爵様が皆さんに好かれているのがです。私はずっと劣等騎士として蔑まれてきたので・・・」


私とは持って生まれたものが違います。


「そいつは違うぞ」

「え?」

「俺たちは最初、ノル様を殺そうとしたんだから」

「みんなでこの広場に囲ってリンチにしようとしていたんだぜ?」

「懐かしいなぁ。あの頃の俺をぶん殴りたい」

「私もよ・・・」

「そ、そんな」


意外でした。ここにいる領民は皆、ライト―ン男爵様を敬愛しています。それが全員で殺そうとしていたなんて・・・


「一月くらい前までは伝染病が流行って俺たちは全員死を覚悟していたんだ。それで死ぬ前に最後に一花咲かせてやろうと反乱を起こそうとしていた。そんな俺たちをノル様は無償で救ってくれた。ゴミみたいに生きていた俺たちにとっては涙が出るほど嬉しいことだったんだ・・・」


話を聞いていた領民たちが泣いていた。


「だから、キチーク様。俺たちにできることならなんでもする。だから、ノル様を一番傍で支えてやってくれ!」


ああ、そうか。ライト―ン男爵様は最初は私のように冷遇されていた。だけど、自分の運命に抗ったんだ。そして、今のライト―ン領を作り上げた。だったら、私も!


「・・・分かりました!私にできることでライト―ン男爵様を支えようと思います!」


うおおおおおお


「いいぞ!キチーク様!」

「応援するぜ!」

「俺たちにできることがあればなんでも言ってくれ!」


冷え切っていた私の心に再び火が灯った瞬間だった。ライト―ン男爵様もおっしゃっていました。魔法というのは使い方によって毒にもなるし薬にもなるというものだと。そしてそれを決めるのは魔法を使う私です!


「それではさっそくお願いしたいことがあるのですが・・・」


私の魔法を活かし、役立てるにはこれしかありません。さっそく行動に移しました。


◇ ◇ ◇


翌日、僕の元に手紙が届いた。


『ライト―ン男爵様へ 私のやるべきことが分かりました。あの時の返事は少しだけ時間をください フィーア=キチーク』


やるべきことってなんだ?そしてあの時の返事とは?


色々な疑問が頭に浮かぶがキチークはどこかに消えたらしい。結局お金の払い損だ。まぁこれの方が結果的に良かったか。キチークは死なずに僕は新しい騎士を手に入れられる。ウィンウィンの関係ってやつだ。


むしろ恨みを持って僕に逆らおうとしないだけありがたいと思っておこう。


「さらばキチーク。君の躍進を期待しているよ」


━━━

1か月後、


キタネーゾ子爵から新しい騎士が送られてくることはなかった上に、お金も返してもらうことはできなかった。


土下座もしますと手紙に書いたのだがそこから音沙汰がなかった。やっぱり舐められているんだろうなぁ。


そして、ライト―ン領にも変化が起きた。夜になるとライト―ン領の男たちが突然消えるのだ。悪いことをしているのかと思ったが、森の中に行くので怖くてついていくことができない。


この辺りの森にはエルフが住んでいて、ライト―ン領どころか近隣の領地でも悩みの種だった。あいつらは魔法は使えないんだけど、森というフィールドを活かした戦闘を行うため、中々に曲者だ。


そんな森で夜な夜な何をしているんだか・・・


はっ!もしかして反乱の準備か!?だとしたら、ヤバイ!怖いなんて言わずに今夜にでもついていかなければならない!


チリンチリーン


こんな時に来客か・・・一体誰だ?外も騒がしいし、商人でも来たのだろうか。


「はいは~い」


僕が扉を開けると、100人くらいのごっつい男たちが屋敷の前で隊列を組んで敬礼をしていた。そして、一番前にいる女性。黒く長い髪を靡かせながら、そのルビーの眼光で僕を射抜き、騎士らしく薄いアーマーを装着し、腰にはロングソードを帯剣していた。


兵士の中でも纏う雰囲気は格別でありながら、怜悧で凛とした雰囲気を纏い、誰もが憧れる女騎士像を体現していた!


僕はそれを見て悟った。


キタネーゾ子爵が僕のためにサプライズを用意していてくれたんだ!


いやぁ参ったなぁ。今度お礼を言わないと。


その前に目の前の女騎士との面会だ。好みの顔と鎧越しにもわかるエロエロボディを見れて表情が死にそうだ。毒を生成しないと。


すると、女騎士が片膝を立てる。それに倣って後ろの軍団も片膝を立てる。


なんて精錬された動きなんだ!これは期待できるぞ!


「フィーア=キチーク!ただいま戻りました!勝手にいなくなって申し訳ありませんでした!」

「予想外すぎるだろ!?」

「え?」

「いやなんでもない。良く戻ったな」

「はっ!」


毒を使っているのに感情が動いてしまった。危ない。危ない。


目の前の人間があのフィーア=キチーク?いやいやいや。だってあのキチークさんは髪はボサボサで、しゃべるときは声が高すぎて威厳もくそもなく、圧倒的な地味女だったんだぞ?そんな女が女騎士中の女騎士になるなんて想像ができないだろうが!


というか後ろを見てみると見覚えのある領民ばかりだった。あいつら夜な夜な何をやってるのかと思いきやこんなことをやっていたのか・・・


「あの、ノル様、いえ、ノルさん・・・」

「ん?」

「勝手にいなくなって申し訳ありません。あの日の返事は、その、よろしくお願いします!」


そういってキチークは僕の袖のつま先をつまみ、子犬のような瞳で僕を見上げてきた。


かっわよッ。


うおおおおおおおおお!


すると、後ろの領民たちが一気に盛り上がった。近所迷惑でしょうが!


「姐御、よく頑張りました・・・!」

「キチーク団長、流石っス!」

「ノル様!キチーク団長は本気だぜ!」

「頼むよ領主様ぁ!」


口々に祝福の声が僕とキチークに向けられた。しかし、


「うるさいぞ!ゴミ共!罰として魔獣を100体狩ってこい!それまでは飯抜きだ!」

「「「イエスサー!」」」


領民たちは訓練された兵士のようにサッと消えてしまった。


あんな声、一月前じゃ出せなかったじゃん!?一体何があったんだよ!?


僕の疑問をよそに腕を取ってくっついてくるキチーク。


「キチーク「フィーアです」フィーア」

「はい、なんでしょう?」


その笑顔を見て、僕に選択肢はなかった。


「こちらこそよろしく頼む」

「!はい!こちらこそです!」


僕に選択肢はなかった。フィーアは僕に殺されかけた恨みから、僕を恨む領民を集めて鍛え上げていたんだ。そして、僕のことをいつでも殺せる位置にいるために、騎士として舞い戻ってきたのだ。頼みの綱の毒はもう効かないだろう。

 

自分の護衛のために騎士を雇ったのに、一番近くで首を獲りに来る暗殺者になるとは・・・


ますます領民たちに頭が上がらなくなったなぁ・・・


━━━


タイトルを変えました。


明らかにざまぁされる側のクズ領主はご都合主義展開に気付かない ~領民たちを毒魔法で殺しまくってたら、国を救った英雄になっていた件~

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