第21話  私と初めて知った彼と(高崎茅羽耶視点)

 私がその言葉を言ってから、数秒後私から目を逸らすように彼は言葉を絞り出していた。


「片想いを終わらせるって……。もう詩音とは区切りをつけたから……」


 そうは言っているも明らかに態度、表情、そして行動がそれが事実ではないことを示していた。


「人間って嫌なことも良かったこともすぐには忘れられない生物なんですよ。出来ることは精々覚えていないふりをするだけで」

「……」

「少なくとも桜木くんが詩音さんのことを少なからず引きずっているのは間違いないですよね」

「……」


 私の言葉に下唇をかんでいる様子を見て、別に急かすことでもないと思ったので、慌てて彼に気負わせ過ぎないように微笑みかけながら今決めなくてもいいことを伝えた。


 その後、彼と電話番号を交換しようとした際、私は私が彼の学校に転校することを打ち明けるか迷ったが、明日行って驚かせたいと思ったので黙っていることにした。


 その日は久しぶりに話せてよかったと感じた反面、少し桜木くんのことが気にかかりながら布団に入った。



 そして翌日の朝。


 学校に行ってすぐ教師控室に向かうと私のクラスを教えてもらうとともに担任の先生から名簿を見せてもらった。そのときにそういえば何も考えずに同じ学校に来たけれど同じクラスになれるかな……と少し心配になったが、運よく桜木くんが同じクラスにいることを確認して胸をなでおろした。


 ただそれと同時にもう見たくない名前もあることに気付き、少し嫌な気分になった。


 そんな思いを振り払うように首を振り、教室前に移動して先生の私を招き入れる声とともに深呼吸をしてから教室に入った。大丈夫、わたしなら大丈夫だと。


 教室を入ると同時に寄せられる視線。以前別の学校に転校した時にも感じたが、やっぱり少し緊張した。


 特に何も言われなかったので簡単に、一部嫌味を交えながら自己紹介を済ませて、座席に座る。


 先生に吉川さんの後ろの席ねと言われて、吉川……私のことをいじめてきた子の一人だと思い、少し嫌な予感がしながら彼女の後ろに座ったが、彼女は私に気付かなかったようで、普通によろしくね一ノ瀬さんと挨拶をされた。


 実際に、そのあと私の周りに集まってきたクラスメイトは誰一人私のことに気付くことなく、平和にどこから来たの? 趣味は何? などの質問を浴びせてきた。


 見た目を変えて、名字が変わっただけで本当にこんなにも全く気付かれなくなるということを拍子抜けするように実感しながら午前中を終えた。


 そして昼休み、クラスメイトにお昼ご飯一緒に食べない?と誘われたが、先生に呼ばれているからと断り教室を出て、私より先に教室を出ていた桜木くんのことを探しに行った。


 校舎の窓から外をふと眺めると校舎裏に桜木くんがいるのが見えた。


 あんなところになんでいるんだろうと思いながら、階段を降りそこに向かおうとすると桜木くんの方に向かう小林の取り巻きの一人の顔が見えたので思わず姿を柱の陰に隠してしまった。


 図らずも盗み聞きする形になってしまいあまりよくないことだよねと心の中で静かに謝罪をしていると、そのとき私の耳には信じられない言葉が飛び込んできた。


「よう桜木、いいところにいるじゃん。ちょっと適当に昼飯買ってきてよ」


 とてもじゃないが、友人同士とは思えない桜木くんを見下した声。


「えっ? なんでよ……」

「なんでってそれがお前の仕事だからだろ。……早くしろよ。そうじゃないと亮太に言いつけるけど」

「……分かったよ」


 桜木くんが購買の方に向かって歩いていくのを見つめながら、私は今目の前で起きていたことを紐解いていた。


 桜木くんがパシリをさせられている……? それに小林の名前?


 少しずつピースが当てはまっていって、とある答えにたどり着いたとき私は血が滲み出るくらい、拳を握りしめていた。


 何故なら、私の代わりに今度は桜木くんがいじめられているということに気付いてしまったから。



————————


おそらく次回(次々回)で高崎さん視点は終わり?

通常回に戻ります。

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