第13話 俺がお前の家に泊まったからだが?


「……お前は何をやっている?」


 青山に鬼説教をかました後、俺は家に帰ってきたのだが……玄関を開けて驚愕していた。


 ……だというのに目の前のイケメンは、随分あっけらかんとしている。


「見ての通りだが?」


「……俺の目には、お前が俺の家の台所で料理をしているように見える」


「実際そうだからな。何か問題か?」


「ないのか!? 人の家で勝手に飯を作っていることに問題はないのか!?」


「はっはっは、そう焦るな。もうすぐできるぞ」


「腹が減って怒ってんじゃねぇぇよぉぉ!!」


 なんでイケメンが俺の家で料理を!? しかもご丁寧にエプロンまでつけやがって!! こんな絵面誰が喜ぶんだ!!


 ––––だが、料理は美味かった。何でも、俺への感謝とかいう隠し味が入ってるのだそうだ。聞きたくなかった。知りたくなかった。



◆◇◆◇



 翌日。大学へと続く、あの一本道。


 俺の隣には、もう1人堂々たる顔で歩くがいた。


「今日は暑いな」


「……そうだな」


「夏はもうすぐそこなのかもな」


「……そうだな」


「なんだ? 元気がないな。体調不良か?」


「朝からてめぇと一緒だからだよぉぉぉぉ!!」


「? それと元気がないのは関係あるのか?」


 くっそぉ!! このイケメン、なぜこんなに清々しい顔をしていられるんだ? 


「そもそも、何で一緒に登校してるか分かってんのか?」


 俺はイケメンを睨みつける。問いかけているのではなく、問い詰めてるのだ。


「俺がお前の家に泊まったからだが?」


「……それはなぜか分かるか?」

 

「終電を逃したからだな」


「それはお前が飯作ったりやたら話しかけてきたりしてたからだろうが!! なんでここまでの会話で一切悪びれないんだ!?」


 俺はガックリと肩を落とすしかなかった。


 そんな中、ある決意をする。


 必ず––––必ず、この妙に懐いたイケメンを及川に押しつけよう。必ずだ……!!



◆◇◆◇



 4階のフリースペース。


 青山と向かい合った俺は、切実な願いを打ち明けていた。


「––––と言うわけだ。すぐに及川に伝えてくれ」


「それはいいけど……でも、辰君来てくれるの? 過去にトラウマを抱えてるんでしょ?」


 青山には、一通り昨日の出来事を伝えた。イケメンのトラウマについては、具体的な明言は避けたが……


 青山的には、そのトラウマが重いものであると受け止めているらしい。それは間違っていないが。


「大丈夫だ。俺が一緒に遊びたいだけだと言えばついてくるだろう」


「騙してるじゃん。それ絶対、トラウマが上書きされるだけだよ」


 だが、青山はなかなか譲ってくれない。俺としては、一刻も早くあのイケメンを引き取って欲しいのだが……


「うーん……とりあえず、及川さんに連絡はしてみるね」


 そう言ってスマホを操作すること10数秒。青山のスマホが震え、返信が来たことを知らせた。


「相変わらず早いな……」


「それなら任せてほしいわ! ……だって」

  

 青山が文章を読み上げてくれた。


 任せる……何か、策があるのだろうか? まぁ、及川なら俺たちよりもイケメンのことに詳しいし、何か利用できそうところでも見つけたんだろう。


「じゃあ、任せるか。俺たちにできることはあるか聞いてくれ」


 その後数分間のやり取りで、俺たちの今後の行動予定は決まった。


 今度の週末、イケメンをカラオケに誘う––––それだけだった。



◆◇◆◇



 大学本校舎とは別に設備されている、図書館。


 比較的古い書物が多く、基本的にはレポートや論文を書くときに利用することが多い。

 

 一冊の本を手に取りながら、及川は高揚していた。


「はぁ……はぁ……! ついに、辰くんとお話ができるのね……っ!!」


 手に持った分厚い本で口を塞ぎ、危ない吐息を漏らしている。


 本の題名は、『手錠』。


 果たして法学部の及川にこの本は必要ないと思うが、今の及川にそんなことは関係なかった。


「やっぱり、青山さんたちに相談して正解だったわね。辰くんがそんなトラウマを抱えていたなんて……」


 抱きしめるように本に腕を回し、更に頬を赤らめる。


「あぁ、でも……それなら、辰くんはどこへもいかないわね。やっぱり、私の目に狂いはなかったわ!」


 腰を勢いよく回し、悶える及川。止まることを知らない妄想トーク(独り言)は、図書館の職員に叫ばれるまだ続いた。

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