第12話 完全に忘れてた


 倉本が、辰をナンパから救っていた時。


「いやー……ちょっと困るっていうか……」


「いいっていいって! 遠慮しないで。俺がこのぬいぐるみとってあげるからさ」


「そうそう。その後、ちょっと遊んでくれればいいだけだからさ」


「別に変なことはしないよ。ただちょっと付き合って欲しいだけで」


 青山もまた、ナンパされていた。


 大学生風の男3人に囲まれた青山は、困ったように笑う。

 しかし、それ以上は何もできない。逃げ出したいが、男たちが囲っているせいで逃げ道がないのだ。


「あ、ちょっとちょっと。どこ行くの? もうすぐ取れるよ」


「あはは、いやー……ちょっとお手洗いに……」


 逃げようと試みるも、あっさりと押さえられてしまう。


 すると、クレーンゲームの機械から、カコンッという音がした。


「っし取れた!」


 男がしゃがみ込んでぬいぐるみを取り出し、青山へと手渡す。


「あ、ありがとうございます……」


 青山が受け取ったのを確認して、男たちは互いに笑みを浮かべた。


「よっし! じゃあ行くか!」


「だな! えーと……君、名前は?」


「あ、青山です……」


「青山ちゃんね! これからよろしく! きっと楽しいから!」


 男たちのテンションから察するに、これから楽しいことが待ち受けているのだろう。男たちにとっては、だが。


 青山の手を引くように移動を開始した男3人組。その手を振り解く力のない青山は、黙って従うだけだった。



◆◇◆◇



「おいおいまじかよ……完全に忘れてた」


「どうしたんだ?」


 スマホ画面を覗き込むイケメンに、ことの顛末を伝える。


「なるほど……一緒に来ていた女を置いてきたと。さらには、そのことを忘れていた、と……」


 顎に手を当て、考える素振りを見せるイケメン。


「……俺が言うのもなんだが、最低だな」


「……ほんとに、お前にだけは言われたくねぇな。……とにかく、まだ駅にいるみたいだからささっと行ってくるわ」


 イケメンにそれだけ告げ、俺は家を出る。


 アパートの駐輪場に置いてあるチャリに跨り、全速力で漕ぐ。

 普段通学にしか使わないママチャリだが、性能は申し分ない。飛ばせば10分そこらで駅に着くはずだ。


 俺がいてもあれだけナンパされてたからな……今頃1人でどうなってるか……

 本当に遊ばれてたりしたら大惨事だ。彼氏作るどころじゃねぇぞ……!!


 とにかく進むしかないと、不安を押し殺すように、より一層ペダルを踏む足に力を入れた。



◆◇◆◇



「はぁっ……! はっ……んぁっあっ……!」


「はぁ……はぁっ……!! も、もうちょっと! 青山ちゃんもうちょっとだけ我慢して!」


「で、でももうっ……げんっかいぃ……はっあぁ……!」


「よし! イケそう! 後ちょっとだ!」


 の中で、男たちと青山は、息を荒くしながら激しく動いていた。


 そしてそこに、彼はやってくる––––



◆◇◆◇



「青山!!」


 俺が着いた時、既に青山は男3人に囲まれていた。場所はあのゲーセン。大惨事にはなっていないと信じたいが……


「く、倉本くん!! よかった……来てくれた……」


「だ、大丈夫か……?」


 青山は顔色が悪く……というより、火照っていた。息も荒く、足は震えている。


「な、何があった!?」


 側で首に巻いたタオルを額に当てている男3人組を問い詰める。


「何って……遊んでただけだよ。それで」


 男の1人が指差した方を見ると……


「あれは……?」


「ダンスゲームだよ。俺ら、大学のダンスサークルなんだけど、3人しかいなくてさ」


「そうそう。でもそのゲーム、4人用なんだよ。ずっと気になってたんだけど、できなくって」


「そうしたら、青山ちゃんがいたからさ! なかなか1人でいる人って見つけられなかったから、もうテンション爆上げよ!」


 これ以上ないくらい清々しい笑みを浮かべる3人。その顔からは、やましい気持ちなんて微塵も感じられなかった。


「……ということは、お前らは普通にゲームして遊んでただけってことか?」


 あぁ……何だ? 何だか、額に血管が浮き出てくるのを感じるぞ。


「そうだよ? 倉本くん、急にいなくなっちゃうからさ」


「……じゃあ、何で俺はここに呼ばれたんだ? "たすけて"って寄越したよなぁ?」


「これがすっごくハードなの!! こんなに息あがっちゃって……もう限界だったからさぁ」


 あの3人と同じように、清々しい表情の青山。


 その顔を見た瞬間、俺の額に浮かんだ血管が切れた––––気がした。


「お前なぁぁ!!!! 心配しただろうがこっちはぁぁ!! 紛らわしいことすんなこの残念女ぁぁ!!」


 俺の怒号に周りの男3人がびくつく中、マシンガン説教は止まらなかった。




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