第45話 歓声


大聖堂の大扉から三人が出てくると、外はすっかり夜の景色だった。

街はガス灯の灯りに包まれ、晴れて澄み渡った夜空には星が明るく瞬いている。


先ほどまでこのすぐ近くで死闘が繰り広げられていたのが信じられないほど、美しい光景だ。


「結局、ハルネリアさんはいなかったんですか?」


メルクを背負ったシバが聞くと、パジーが首を振った。


「あぁ。確認したが、どの部屋にもいなかったよ。地下で警備してたのは確かなんだが、そこからいつ、どうやって出たのかがさっぱりわからねぇ」

「仕方ないよ、只者じゃないから」


三人が話しながら、大聖堂前の石段を降りていく。

すると、リュウレンと秘書軍団が前方のアパートの入口から出てくるのが視界に入った。

秘書たちは気絶する宿敵を未だに警戒して主の周りを囲んでいるが、リュウレンはキセルを口に咥えながら、悠々と近づいてくる。まるでヤクザのボスである。


「終わったか」


リュウレンがキセルを噛んだままシバに言った。


「えぇ、無事に逮捕しました。お怪我はないですか?」

「俺の体なんざどうでもいいさ。良かったよ、悪党が捕まって」


彼はニヒルに笑った。


「俺の娘も病気がちでな。てめぇの都合で病気をばら撒くこいつが許せなかったんだ。これで、世間も少しはよくなっただろ」


彼がそう言うと、秘書集団が一様に涙目になった。ナイラの肩で、パジーは不審げに首を傾げている。

すると、


「ガフッ……、ゲホゲホッ」


 不意に、シバの背中で咳き込む音が聞こえる。

 メルクが目を覚ましていた。

 彼はゼーゼーと息をしながら、リュウレンを顎で示して言った。


「嘘だ……!こいつは盗聴した内容で俺たちを強請ってたんだ。証拠もある……!あと娘なんかいない……」

「はっ⁉何を言うんだコイツ!」

「ゲホッ……、死なば諸共だ、バーカ……」

「コノヤロ……!」


 リュウレンが咄嗟に詰め寄ると、メルクの後頭部を殴った。


「うっ」


 呻きを発し、メルクの意識が再び落ちる。


「リュウレンさん!」


シバが厳しい眼差しで言った。


「怪我人を殴ってはいけません!それと、恐喝の件について、署で話を聞かせて頂いてもいいですか⁉」

「おいおい刑事さん、こんな犯罪者の言葉なんか信じるのか?」

「では、暴行の現行犯で逮捕の方がいいですか?」

「分かった、分かったよ。……幾らだ?」

「何がです?」

「諦めな、こいつに賄賂は通じねぇよ」


ダズが笑ってナイラとシバに誇った。


「ほらな、やっぱクズだったろ?俺は不良には詳しいんだ」


リュウレンがなんとかシバに縋りつこうと模索していると、急に街のどこかからワッと爆発するような歓声が起こった。


なにかあったのかと全員が目を見張るが、視界には何もない。

が、似たような叫びは次第に至る所から上がり始め、たちまち空は歓声に満たされてしまった。


「なんですかね、この騒ぎ」


シバが怪訝そうに言う。


「まさか、教祖が捕まったのがもう外に出たのか……?」

「だったら暴動になってると思うけど」


その理由は、ワラワラと家から街灯の下へ出てきた人たちによってもたらされた。

彼らは皆、興奮気味に話し、叫び、そして少なからぬ人々が号泣していた。


「うちの母さんが急にベッドから起き上がったんだよ!一年以上寝たきりだったのに!」

「聞いて!息子が自分でご飯を食べ始めたの!美味しいって……!」

「治ったんだ!嘘じゃない!体の底から力が湧いてくる!ガンフェッツが治ったんだ!」


 人が人を呼び、外に踊り出る人々の数はとどまるところを知らず、大聖堂前の広場も、大通りも、路地も、あっという間に歓喜する人で埋まってしまった。

 まるで街全体を上げた祭りが開かれているかのように、明るいエネルギーがどこからも溢れ出している。


ここ数年間、街中に蔓延していた正体不明の暗い雰囲気は、人々の生命力を前に完全に消し飛んでしまっていた。


「もしかして、こいつが溜め込んでたもんが返ってきてんのか?」


呆気にとられていたシバが、ナイラの手にある鳥カゴを覗いた。

中にはハコガラの本体が気絶したまま横たわっている。


「そうかも」ナイラは、その光景を感動したように息をついた。「みんな、嬉しそう……」

「あっ!なんだか、本職も元気になってきました!スタンプ七十枚分の力が戻ってきたんですかね!ほら!ほら!」


傷だらけの彼がぴょんぴょんと飛び跳ね出したのを見て、パジーが目を見張って言った。


「すげぇな、おい。なんだこりゃ、一件落着ってか?」

「待って、何か変な音がする」


ナイラが不意に耳を澄ませると、突然シバのポケットに手を突っ込んだ。


「わわっ!どうしたんです?」


戸惑うシバのポケットから優しく手を抜くと、彼女の手には真っ黒な毛玉が包まれている。

毛玉からは、時折キューっというか弱い音が聞こえていた。


「え、フワフワ⁉」


――――――――――――――――――――


次話、第4章が終わります。






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