第44話 一撃


「なんだ⁉何が起こってる……⁉」


メルクの狼狽えた声が壇上から聞こえる。


普通の三倍はあろうかという彼の筋骨隆々な体が、徐々に小さくなりつつあった。

腕は、黒い触手でできた裂傷から再び血が噴き出している。


「シバ、ごめん。遅れた」


声がした方をかろうじて向くと、ナイラとパジーが駆け寄ってきていた。

シバが咳き込みながらきく。


「二人とも……逃げたんじゃ……」

「そんな訳あるかアホ!」


パジーが叫ぶ。


「凄い怪我!」


慌ててナイラがシバを抱え起こす。


「パジー手伝って!シバをあの中に入れるよ!」


ナイラが、蠢くスライムのような触手を指差した。


「え、入れて大丈夫なのかよ⁉︎」

「一か八かだけど。メルクは触手で回復してたはず。戦ってる時の会話はずっと耳できいてた!」

「ナイラ……あの、赤いのが……いいです……」


シバが、近場の触手のなかでも一際赤いものを指差す。

メルクが復活した時の触手によく似ている。


二人は指示通りにシバをずるずると引っ張り、触手の中に押し込む。

祈る二人の前で、触手はやがて消滅し、後には床に倒れたままのシバが残った。


「……シバ?生きてる?」

「……うぅ。むっ」


シバは呻くと、床に手をつき、ゆっくりと立ち上がった。

何度か瞬きして、シバは自身の変化に驚く。


先ほどまで霞んでいた視界は明瞭になり、頭も落ち着いている。血も止まった。


やはり先ほどの触手は、生命力を与えるものだったらしい。

完全に回復した訳ではないが、少しは戦えそうだ。


「平気……?」


ナイラが心配そうに眉を寄せている。


「はい。助かりました」


口元の血を拭いながら答えたシバは、ナイラの手に小さなタコのようなものが握られているのに気づいた。


「それは……?」

「ハコガラの本体」

「え……?!」


シバは目を見開く。


「これがハコガラ様?どうなってるんです?」

「ナイラがこいつの弱点に気づいたんだよ」


パジーが自分ごとのように誇る。


「昨日、クー博士が、空の高いところに行くと風船が破裂するって言ってたでしょ。なら逆に、高いところで生きてたハコガラは、どうして地上で動けるんだろうって思ったの。あくまで生物なら、本来と違う環境じゃ生きていけないんじゃないかって」


ナイラの言葉を、パジーが継ぐ。


「もしそうなら、こいつを生かすための装置があるはずだっつって、ナイラと探したのよ。そしたら大当たり。天井裏にでっけー機械と、中でこいつがふよふよ浮いてたっつーワケだ」

「ハコガラァ!何してるんだ、俺に力を寄越せ!」


メルクがナイラの手にある本体に怒鳴った。

痛みに身を捩る彼の姿は、今や最盛期の半分ほどに縮んでいる。およそ大柄の一般人ほどだ。


「きっともう聞こえてないよ。目が濁ってるもん」

「クソッ!ふざけやがって!」


彼は猛り狂って叫んだ。


「女!お前何様のつもりだ⁉庶民なら庶民らしく搾取されてろよ!」


吠える彼に、ナイラは同情を寄せるような顔をした。


「……あなたは、私の母にちょっと似てるね。他人の痛みに共感できない、道具としか見てないところが」

「あぁ⁉」


メルクの凄む声にも怖じず、ナイラは彼の狂気に染まった目と真っ直ぐ対峙した。


「私はこれから、私の時間をかけて、世の中の人を助けるの。もうあなたみたいに、人を傷つける道具にはならない」

「何を言ってやがる……。自分の人生は自分のものだ。くだらない他人のために使うなどバカのすることだ!」


メルクが立ち上がりながら言った。


「俺が一番賢いんだ!誰よりも優秀なんだ!それを証明するために俺の人生がある!誰にも渡しはしない!」


メルクが吼えると、その勢いのまま飛び出してきた。

彼のスピードは常人の目でも追えるほどに衰えている。


しかし、目はこれ以上ないほどに危険な光を帯びていた。まるで追い詰められた獣のよう……。


シバはナイラの前に立ち、メルクに警告した。


「メルクさん、これ以上は傷つくだけですよ」

「ハハ、やれるものならやってみろ」


「シバ……」


ナイラが不安げに呼びかける。


「大丈夫ですよ。もう終わってますから」


駆けてくるメルクに、シバが歩いて近寄っていく。


刹那――


メルクが振り抜いた腕を掻い潜り、シバの拳が、彼の鳩尾を撃ち抜いていた。


「ぐぅッ……!」


メルクの目が見開かれ、光を失う。


「……信じたかったです。メルク様」


シバは小さく呟いて、気を失ったメルクを腕に担いだ。



――――――――――――――――――――


次話、シバの秘密兵器がわかります。





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