第43話 猛攻


シバの予言通り、その後のメルクの猛攻は一撃たりとも彼に当たることはなかった。

ただ、何もない空間を殴り続けるだけだ。


そして、攻撃を避けるたびにシバは打撃を加えていく。


「ぐぅ……この!」


メルクが呻きながら猛スピードで腕を振り降ろすも、


「遅いです」


わずかな動きで再び回避され、鳩尾に一発を入れられる。

蓄積されたダメージに、メルクはついに膝をついた。


「諦めてください。あなたは本職には勝てません」


シバが感情の見えない瞳でメルクを見下ろし、手錠を取り出す。

勝負は決まったかのように見えた。


が……


「うぅ……ハコガラァ!」


メルクが堂内を揺るがすほどの大きさで叫ぶ。

すると、天井から再び赤いスライム状の触手が落ち、メルクを飲み込んだ。


先ほども目にした光景。

触手が完全に消滅したとき……メルクは再び立ち上がっていた。


「ハハ。完全復活だ。ハコガラが吸ってきたのは命そのもの。当然そのなかには、治癒力も含まれる」

「……触手は回復手段にもなるんですね」

「さぁ、もう一度やろうか」


そこからは、同じ流れの繰り返しだった。


シバがいくら攻撃を避け、体に攻撃を叩き込もうが、メルクは触手で回復し、再び立ち上がってしまう。

メルクの体力は、無尽蔵に思えた。


シバはメルクの拳を躱しながらも、眉を寄せた。


「うーん、困ったなぁ。そろそろ集中も切れてきたし……」

「ハハ、お前が息切れするまで殴り続けてやってもいいが……」


と言うと、彼は不意に攻撃を辞め、シバに背を向けて離れていった。


「あれ、どうしたんですか?あ、ようやく打ち止め!?」


シバの問いには答えず、メルクは大聖堂の中心に立つと、様子を見ているシバに告げた。


「俺もな、いつまでもお前と遊んでられないんだよ。他のサツどもが来る前に逃げなきゃならないし、ハコガラの貯蔵も無駄になる」


彼がおもむろに天井に手をかざすと、再び触手が落ちてくる。


しかし、それは先ほどとは外見がまるで違った。

一抱えできるほどの小ささで、禍々しいどす黒さに染まり、妙に激しく律動している……


「だから、さっさと終わらせよう」


黒い触手がヒルのように、彼の肩にポトリと落ちる。

シバの全身にゾクッと寒気が走った。――が、既に手遅れだった。


メルクの打ち込んだ見えない拳は、衝撃波によってシバの体を背後の石柱もろとも貫通していた。


「ッ……!」


柱は根本から折れ、轟音を立てて倒れる。

その前で、シバは自分でも気づかぬうちに、膝をついていた。

一体何が起こったのか、理解が追いつかない。

あまりの衝撃に声も出ず、ただ体の芯を貫いた力に狼狽えるだけだ。


メルクは苦痛の表情を浮かべて腕をさすっていた。

全体の皮が剥け、血が噴き出している。


「これはハコガラにも俺にも負担がありすぎて、やりたくないんだよ……まぁ、ここまで来たら仕方ないが」


メルクが肩を回す。小型の黒い触手が霧散する代わりに、太く真っ赤な触手が繋がると、腕がみるみる治っていった。


「グッ……、ゲホッ……」


シバは地面に血の混じった咳を吐く。言葉が出ない。


「俺の攻撃は当たらないんじゃなかったのか?」


彼はせせら笑った。


「お前は俺を見くびり過ぎたな」

「まだ……まだ……」


シバが床に手をつき立ち上がろうとした。

メルクはわずかに驚いたように眉を上げる。


「なんだ、まだ立つのか。だが、苦しいだろ。もう諦めて楽になれよ」

「ダメです……最後まで戦います……」

「……何のためだ?死なないためにか?それとも、くだらない正義感のためか?」

「理由なんか、ひとつです……」


シバは歯を食いしばりながら言った。


「あなたを捕まえて、更生させるため……」


その言葉を聞いたメルクは、ポカンとしてから、腹を抱えて笑い始めた。


「ハハ、ハハハ!そうか、更生させたかったのか!それは気づかず済まなかった。だが、残念なお知らせだ。ハコガラはここ数年で吸ってきた信者の命を溜め込んでる。わかるか?今と同じものを俺はまだ、そうだな、百発近くは打てるわけだ。更生させるためには、それを全て避けて生き延びる必要がある。さて……、いつまでもそこに棒立ちでいいのか……?」


間髪入れずに、再びの衝撃がシバを襲った。


内臓が揺れ、血を吐く。

視界がぼやけ、ぐらつく。


霧がかった視界のなかで、メルクの声が頭の中に流れ込んできた。


「信者たちから集めた力で、あいつらを守ろうとする奴を叩くのは最高だな。まぁでも、お前も元信者だから嬉しいだろう?ハコガラ様の力で死ねるんだからな」


シバが浅い呼吸をしながら、羽をもがれた虫のようにもがく。

視界の先では、メルクがもう一度腕を天に向けているのが見えた。

天井からは、メルクの願いに応えるように、再び触手が降ってきている。


さすがに、まずい……


シバの本能が死の匂いを感じ取る。立ち上がろうともがきながら、彼は歯を食いしばる。


間に合わないか……


――が、衝撃はいつまで経っても襲ってこなかった。


同時に、耳元でボタッボタッと音が聞こえてくる。


シバが首だけを動かして周囲を確認した。

そして、目を瞠った。


聖堂のなかに、雨が降っていた。

無差別に降り注ぐ、赤い雨だ。


雨粒は、地面に落ちると苦しげに蠢く。

……それはハコガラの触手だった。

メルクが操っていたものとは違い、大きさもバラバラで、フォルムも溶けたように一定ではない。


かつて触手だったもの全てが、聖堂の床全体に落ちて、のたうちまわっていた。


「シバ!」


聞き馴染んだ少女の声が、シバの耳に響いた。



――――――――――――――――――――


次話、決着します。





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