第29話 親分のアレ
「お、お前ら狼狽えんな!」
群れのボスは子分を諌めた。
「サツだろうと、怖かねぇ!シマに入ったからには入場料を払ってもらうぞ」
「その徴収はどこから許可をもらっていますか?きちんと届け出は出していますか?」
「ぐぎぎ……」
彼は歯軋りすると、
「……お前、俺をみくびってるな?俺の力はハイパーすげーんだぜ?とっておきでお前なんか一発でのしてやるよ」
途端に、子分たちがざわめき出した。
「親分のアレだ……」
「ヤベェ、本気だ……」
「やってみてください、本職が何でも受け止めてあげます」
シバが構える。一触即発の空気に周囲も緊張する。
親分は、おもむろに両掌を十字に合わせ、左手の甲を見せつけるようにシバの前に突き出す。
すると、摩訶不思議なことに、左手の親指が千切れ――右手の動きに同期するようにスライドし始めた。
「ほら、親指が取れちまった!」
「そ、そんなバカな……!」
フロマージュ団の手下たちも、シバも、その光景にひっくり返らんばかりに驚愕していた。
「ホラァ、ホラァ!」
「なんてこった……!」
「化け物かこの人は……!」
彼が親指を取ったり付けたりする度に、全員律儀にショックを受けている。
「なんだこの平和な光景は……」パジーが呟く。
「どうしましょう、本職、魔術師には勝てません!」シバが二人に泣きついた。
「バカだな。あんなネタくらい分かるだろ。なぁ、ナイラ?」
「ごめん、初めて見た。どうなってるかわからない……」
ナイラも静かに驚いている。
パジーは再び額に手を当てた。
「どうだぁ、敵わねぇとわかったらさっさとチケットを買うんだなぁ。さもなくば今度は耳からティッシュを出してやる」
「耳からティッシュを……⁉あり得ない……!」
親指を高速で動かしながら迫る彼に押され、シバが後退りしていると、
「あれ?昔ここで同じものを見たような……」
ふと眉を寄せて尋ねた。
「もしかして、ギルマー?」
その瞬間、親分の時が止まった。
「おい、なんで俺の昔の名前知ってんだ。……嘘だろ、まさか!」
彼らは瞬時に目で理解し合う。
「お前、シバか!」
「ギルマー!久しぶり!」
争っていたはずの二人が、唐突に喜色満面に変わった。
「おいおいおい、俺っち全然気づかなかったぜ!変わっちまったなぁ!」
ギルマーはドスドスと近寄りながら言う。
「ギルマーこそ、でっかくなっちゃって!」
「お前こそ、本職ってなんだよ!」
彼らは、肩を叩き、再会を喜び合う。
ナイラとパジーも、手下たちも、ポカンとその様子を眺めるしかなかった。
「まさかここで会えるとは思ってなかったです。けど……」
シバは突然悲しげに目を伏せた。
「本職は今や刑事です。お金を払うわけにはいきません」
「何水クセェこと言ってんだ!オメェがシバなら話は別に決まってら。よっしゃ、何が欲しいんだ?俺らが持ってる中なら全部やるよ」
「本当ですか⁉」
「おうよ!親友だろ?」
「ギルマー!」
「シバって、いつもアクロバティックに解決するよね」
ナイラが感心したように呟いていた。
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次話、ついに『声』の正体がわかります。
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